2014年06月07日

自分を見捨てるな!



「できる」と挑みかかるのか、
それとも──、
「できない」と諦めてしまうのか、
その差はとてつもなく大きい、と最近つくづく思います。

以下、少年部の子が「空手をやめたい」と申し出てきた時の状況を書いてみたいと思います。
少年部の母親とのやり取りがあるだけに、不快に思われる保護者の方がおられましたら・・・ご容赦下さい。




少年部の子を連れ、退会を申し出てきた母親が、
「この子は、空手に向いていません。もうこれ以上、空手を続けるのは無理です」
と、子供の潜在能力を否定するかのような発言。
「無理なことなんかありませんよ」
と、子供の可能性を説きつつ励ますが、
「この子が悩んだ末に出した結論を尊重してあげたいんです」
と、母親がもっともらしいW決め台詞Wを吐く。

果たして、「悩んだ末に出した結論」であろうか?
この子は、スパーリングになると「頭が痛い」だの「腹が痛い」だの「転んで足を怪我した」だのと不調を訴える子である。
「転んで足を怪我した」と訴えた時など、足を見ると、かすり傷一つなかった。

小生は、母親に向かって、
「スパーリングにしろ、組手にしろ、誰しもが怖いんです。しかし、そこから逃げないで立ち向かっていくから、精神的にも肉体的にも強くなるんです。なんの挑戦もしないで、最初から無理だ、と結論を出してしまうのは大間違いです」
続いて、子供に向かって、
「君は、やる力があるのに、やろうとしないだけなんだ。なんの努力もしないで自分の可能性を積むな。自分に力があることを信じて挑戦するから、自信というものが生まれてくるんだ」
と叱咤激励する。

それでも・・・、
「やれません・・・」
と、小声で応え、再び泣き続けるので、
「自分を信じろ、自分を見捨てるなッ!」
と、さらに懸命に励ますが、
「すみません、退会させて下さい」
と泣いている子の横で母親が頭を下げる。

道場を去っていく母子を見送りながら、
「この子は、この先、どうなってしまうんだろう・・・。
生きていく上で、いろいろな障害や壁があるというのに・・・何か事あるたびに、そこから背中を向け、逃げてしまうんだろうなぁ・・・。
親はそのたびに庇うのだろう・・・しかし、そのうちに庇いきれなくなってしまい・・・親も子も、生きる力や希望を失ってしまうのではないだろうか・・・」
と、やる瀬ない思いが込み上げてくる。
そして、空手の指導者として、彼を育てきれなかった責任と不甲斐なさを感じる。




このところ、上記のようなことが続き、慙愧に堪えません。

子育ての大変さは、小生の実体験で申しますと、
はっきり言って、小学生までは楽です。
病気をしたり、怪我をしたり、気が気でないこともありましたが・・・小学低学年の頃までは、何があっても可愛いし、何があっても許せます。

しかし、中学生あたりから大変になってきます。
反抗期あり、思春期あり、あるいは大学受験期、就職活動期、そして社会人になるまで、と様々な問題が続きます。

ゆえに、小学生の時までに、
「W自立精神Wを植え付ける躾や教育」
をしっかりとしておかなければならないのです。
子どもが精神的に成長し、世界観を広め、自分なりの価値観を持つようになり、自分の足で歩き始める。
つまり、W社会人として自立させるWまでが親の役目です。

今の時代、子育ては大変な労力であり、「親御さんだけでの子育ては無理」だと思っております。
昔ならば──、
隣近所にうるさいオジさんやオバさんがいて、地域で子供を見守り、育ててくれたものですが・・・、
今は、そのようなことは一切ありません。

少なくとも、誠真会館は地域の中で、その役目を担わなければ、と自覚と責任を感じております。
今日も気を引き締めて、指導に入ります。
押忍!




posted by 井上誠吾 at 14:46| 日記