2016年01月09日

報告です!



映画「リトルウイング」の主演女優菜葉菜さん、
の主演映画特集が開催!

場所は横浜の映画館・シネマノヴェチェント。
本日・1月9日(土)〜1月22日(金)
一挙20本が上映されます。

誠真会館が製作した、
「東日本大震災で被災した母と子が福島から上京し、空手道場の人々に支えられながら成長していく」
映画「リトルウイング 3月の子供たち」も上映されます。

詳しくは、劇場ホームページをご覧下さい!

小生も行く予定ですが・・・、
今のところ、予定がびっしりと詰っており、
いつ行けるかは決められない状況にあります。

ブログをご覧の皆さんで都合のつく方は、是非とも観て下さい!

取り急ぎ、報告だけでご容赦を!





posted by 井上誠吾 at 14:04| 日記

2016年01月01日

新年を迎えて!




新年あけまして、おめでとうございます!
本年も良い年でありますようお祈り申し上げます!





それにしても、
年齢を重ねるごとに、
一年の時の流れが、あっと言う間に過ぎていく。

この数年間を振り返るだけで、まざまざと実感される。
還暦(60才)を過ぎ、
父が昇天した年(62才)を過ぎ、
今年は、
あっという間に64才。

どうやら、心理学的な法則があるらしい。
10才ならば、1年が10分の1、に感じて、
50才ならば、1年が50分の1、に感じるらしい。

63才だと、
W10才の子供の6倍以上は時が早く進むW
ということになる。

しかし、脳科学的には異論があるらしい。

新しいことに挑戦したり、
新しい場所に行ったり、
新しい人に会ったり、
等々、
つまり、新鮮な刺激があれば、時の流れが遅く感じるらしい。

ま、いずれにせよ、
脳が、勝手にそう感じているだけのこと。

時間は誰にでも平等にある!

さぁ、この1年、
思いっきり明るく、楽しく、有意義に、
すべてのことを前向きに捉えて挑戦していくぞ!

押忍!





ちなみに今年も、
昨年の元旦に続いて、書斎から初日の出を拝みました。

今年もまた幻想的で、この上なく美しかった!
その美しさは、昨年の元旦のブログに書いているので、
もし、よろしかったら、見て下さい。

誇張して書いたものではなく、本当にあの通りなのです。

ただ、なぜ、あのように荘厳に光り輝くのか?
それは、
WUVのガラスフィルム&薄いブルーのカーテン越しW
に見ているからでした。

残念ながら、窓を開けて直に見ると、半減してしまいます。

ゆえに今年も、
W窓ガラスとカーテン越しW
に荘厳な太陽光に包まれて、合掌しました。

皆さんにも、
Wご来光Wの御利益が届き、良い年でありますよう、
祈念し、感謝の押忍!





posted by 井上誠吾 at 18:09| 日記

2015年12月31日

一年を振り返り、W禍福は糾える縄の如しW・・・ゆえに!




何かと所用に追われ、メールの更新が滞っている。
今年中になんとしても書かねば、とパソコンに向かっている。

早いもので、今年も残すところ、あと数時間となった。

遅ればせながら、
本日、すべての年賀状を書き終えたところ。
何人かの方々は、遅れて届く事、平にご容赦願いたい。
この場を借り、謝罪の押忍!



この1年をふり返ると・・・、
実にW様々な人々との交流Wをさせて頂いた。
あの人の力添え、この人の心遣い、
その厚情をけっして無にしてはならない!

そして、
そのかけがえのない厚情が、
来年へ向けて、更なる飛躍へと繋がっていく、
そう確信している!

もちろん、
良いこともあれば、悪いこともあった。
否・・・、
もしかしたら、
悪いことのほうが多かった、かもしれない。

そのひとつ・・・、
また一人、大切な友人が逝ってしまった。
ここ数年、次々と大切な人々が黄泉の国へと旅立っていく。

つくづく、そんな年になった・・・。
しかし、
俺は、まだ死ねない。
やることをやってから、そっちに行くから、
しっかりと、俺の生き様を見ていてくれ!

そう、合掌して、見送った。

さらに悪い事は続いた。
信じていた人が、目の前から立ち去ったり、
様々な障壁が、目の前に立ち塞がったり、
等々・・・。
今、思い浮かぶだけでも、片手では足りない。

それらのことが起こった日には愕然となった。
そして、1日中、とことんまで落ち込んでしまった。

しかし、そのたびに、
吉田松陰の以下の言葉が小生を励ました。

「死生は、度外に置くべし。
世人がどう是非を論じようと、
迷う必要は無い」

さらに、
吉田松陰の次なる言葉が小生の魂を磨き、蘇生へと導いた。

「自分の価値観で、人を責めない。
一つの失敗で、すべてを否定しない。
長所を見て、短所を見ない。
心を見て、結果を見ない。
そうすれば、人は必ず集まってくる」

吉田松陰の言葉を胸に刻むと、
明るく、
前向きに、
そして、挑戦的に、
己れの魂が奮い立っていく!

ま、このようなことは、今年だけではなく、
毎年、毎年、懲りもせず、繰り返しているのだが・・・。
生きている限り、
W禍福は糾える縄の如しW
そして、
W人生は生涯修行W
である!

ゆえに、
「すべてに感謝し、
すべてを肯定し、
我欲をなくし、善を尽くす!」
と自戒している。

日々精進あるのみ!




ブログをご覧の皆さん。
この一年間、ありがとうございました!

いろいろな方々から、
「ブログ、見ていますよ」
との声を掛けて頂き、嬉しく思っています。

来年もまた、よろしくお願いします!
皆さんに、
心から感謝の押忍!






posted by 井上誠吾 at 21:18| 日記

2015年12月18日

大会が無事に終了!




このところ、
様々な人との打ち合わせが続いており、
ついついブログの更新が遅れてしまっている。

12月6日、
誠真会館主催の大会が無事に終了したが・・・、
大会の模様をまだ書いておらず、反省の極みである。
これ以上、
伸ばすわけにいかない!
遅れ馳せながら、ここに報告をさせて頂く。

あの日、
大変嬉しいことに738名もの参加選手が、
所沢市民体育館に集結した!

毎年、参加選手が増え続けているのは、
協力団体である総極真志優会の新津茂男代表はじめ、
志優会の先生・道場生・保護者の方々のご協力の賜物であり、
さらに、
各団体の師範・先生・関係者の皆さまのご支援であり、
そして、
誠真会館のスタッフ・審判・保護者の方々のお陰であり、
この場を借りて、心から感謝申し上げる次第である!

大会は、メインアリーナを7つのコートに別れて行われた!

参加人数が増えれば増えるほど、
不備な点や様々な問題が出てくるのは必然である。
本部席には、
それらのことで要望や申し入れがあったが、
各団体の師範・先生・参加選手・保護者の方々には、
ご理解ご了承を頂き、感謝の極みである。

次なる大会からは、
指示系統をさらに充実させていき、
選手の皆さんが心地よく試合に臨めるよう配慮したい、
と強く思っている。

大会終了後、
決勝まで勝ち進んだ他団体の一般選手、
同じく、少年部選手と保護者の方々が、
本部席まで来られて、小生と並んで写真を撮り、
「また来年も参加させて頂きます」
との言葉を残して帰られた。

大変嬉しかった!
つまり、他団体から参加してきたというのに、
Wアウェー感Wがなく、
気持ちよく試合に臨めた、ということである。
これは、
当日、スタッフや審判として、
大会進行に汗を流して頂いた皆さんのお陰である!
皆さんに、心から感謝の押忍!

そして、
あの日、会場におられた全ての方々にも、
心から感謝の押忍!





posted by 井上誠吾 at 10:59| 日記

2015年12月09日

九州へ、長崎飛翔試合・故郷の筑豊



このところ何かと所用に追われており、
ブログの更新が後手後手になり、反省をしている。

すでに予告済みの九州の話を書かせて頂き、
追って、後日、日をあらためて、
12月6日の所沢市民体育館で開催された、
選手権大会・交流試合のことを書かせて頂くことにする。



先ずは、
11月29日、誠真会館九州本部主催の飛翔試合が開催!

つくづくと、
W人が成長するように、大会もまた成長するW
そう思う。

四回目を迎え年々参加選手が増え続けている!
これも坂谷彦山先生はじめ、桑岡隆太先生、坂谷久之先生、坂谷朝男先生、各先生方、スタッフ・審判、各団体の師範・先生、そして、参加選手、保護者の方々のお陰であり、
各位に、心から感謝申し上げたい。

試合内容もまた素晴らしかった。
各コートで、熱戦が繰り広げられ、
特に決勝戦は、どの試合も気迫にあふれ、見事であった!

しかし・・・、
決勝戦なのに、残念なことが起こった。
メインコートの後方で、試合が終わった少年部の選手たちが大声を出して、遊びまくっていたのである。

他団体の少年部が走り回っていることから、
一瞬、注意するかどうか、迷った。

しかし、思わず司会者のマイクを手に取り、
「君たちは、何のために空手をやっているんだ。自分の試合が終わったら、あとはどうでも良いのか。
自分を倒した相手や道場の仲間が決勝戦で戦っているんだ。応援しろ。
自分のことばっかり考えないで、人のことも考えられるようになる。それも空手なんだ」
そんな内容で注意をした。

すると、注意された少年部たちは、
決勝戦のコートに集まり、
騒いでいた声を、応援する声へ、と変えてくれたのである!

功を奏して、決勝戦はますます盛り上がっていった!

閉会の挨拶で、その事に触れ、
「悪いと思ったら素直に認め、行動を改める。素晴らしい!」
と、大いに褒め称えた。
他団体の子供を叱ったことから、自戒の念はあったが、
数団体の師範・先生方から、
「素晴らしい大会でした。また参加させていただきます」
との声が聞かれたので、心底から安心した。

慰労パーティーの席上でも、その話題となり、
「あの時、館長が子供たちを叱ったことが良かったです」
との声が聞かれ、再び安堵した。

パーティーは二次会へと流れ、実に楽しい時間を過ごした。
桑岡先生には、いつもご馳走になり、その上、
素晴らしい公演のDVDやCDを頂戴し、感謝の極みである!

翌日は、
かつて東京の道場で共に汗を流したT下医師と会った。
現在は、長崎の大きな病院に勤められている。
忙しい中、時間の都合をして貰い、勤め先の病院でお会いした。
W昔懐かしい事Wから、Wこれから先の事Wから、
コーヒー一杯で、多岐に渡り、いろいろな話で盛り上がった!

長崎で、様々に貴重な時間を過ごさせて頂いた。
九州本部主催の飛翔試合に関係されたすべての皆さん、
そして、T下医師。
皆さんに、心から感謝の押忍、である!

T下医師と別れ、その足で、故郷・福岡の筑豊へと移動した。

なんだか、さらに長くなりそうなので・・・、
故郷・筑豊のことは、追伸にてお礼文として記載させて頂く。



追伸
我が愛する故郷・筑豊の皆さんへ

かつて、映画「リトルウイング」を上映したころから、
帰郷するたびにお世話になっているS原さんご夫妻。
毎回、お会いするのを楽しみにしています。
そして、
宮若市の手打ちうどん「余白」の女将さん。
8ヶ月もの入院を経ての再営業、おめでとうございます!
というより、美味しいうどんをありがとございます!
さらに、
宮若市の炭火焼き肉「げん」のマスター。
宮若市の「きりのや酒店」の社長。
直方市のパブスナック「香港」の皆さん、
皆さんのあたたかい応援に、心から感謝申し上げます!

またライオンズクラブの皆さん、
3月の上映会へ向けて、どうか、よろしくお願いします!

最後に兄夫婦、いつもありがとう、感謝しています!

我が愛する故郷・筑豊の皆さん、
人情味あふれるW川筋気質Wの皆さん方に、
心から感謝申し上げます!







posted by 井上誠吾 at 11:03| 日記

2015年12月04日

祝・結婚 道場生O原さん大爆笑の出発!



先週末、本部道場生のO原さんが結婚!
人生の伴侶は職場の先輩の紹介で知り合ったAみさん。

主賓の挨拶を頼まれ、小生は二番目。

先ず、ひばり整骨院のK院長の挨拶から始まった。
K院長は、つい最近までO原さんの上司でもあり、
彼の独立開業を支えてくれた恩師でもある。

その恩師・K院長の挨拶は最初から参列者の心を鷲掴みにした!
いきなりスクリーンを使って、二人の出会いを面白おかしく、
笑いのネタを交えて語られ、大爆笑の連続!

この盛り上がりの中、次は小生の出番だ。
自分の挨拶でW盛り下がるかも知れないWどうする・・・?

実は、小生も笑いのネタを入れていた。
大爆笑のあと、笑いが取れず、引き潮状態になったら、マズイ!
そんな不安がいっきに押し寄せてくる。

K院長の挨拶は大爆笑の渦の中で見事に終了した!

すべては、「杞憂に終わる」
この言葉は、
大会を前にして、緊張している少年部を励ます時に使っている。
「すべてのことは、杞憂に終わる。
杞憂とは、昔、中国の杞の国の人が、空が落ちてきたらどうしよう、と余計な心配した。
空が落ちてくるか? 落ちてくる筈がないだろう!
だったら、やる前からW余計な心配Wをするな!」

少年部に偉そうに言っている自分が、
主賓の挨拶をやる前からW余計な心配Wをしている。

「杞憂に終わる」
その言葉で己れを戒めてから、マイクの前に立った。
先ずは、
「K院長のあとはやり辛く、盛り下がったらすみません」
そう言ったら、どっと笑いが起こった。
K院長が笑いの空気を作られていたので、ウケが良い!

結果、K院長ほどではないが、
笑うところは、大いに笑っていただき、
聞かせどころは、神妙に聞いていただき、大成功!

以下、主賓の挨拶で陳べたことと重複するが、報告を!

O原さんがAみさんを見た第一印象は、
「近寄り難くて、怖い」
と、聞いていた。
しかし、小生がAみさんを見た第一印象は、
「近寄り易くて、可愛い」
と、これである。

O原さんが誠真会館に入門するきっかけは、
K院長の娘・H菜乃が型の自主稽古をしているのを見て、
「かっこいいな!」
と、憧憬を抱いたことによる。

その後、型の大会で優勝、組手の大会でに優勝を果たした。
そんなO原さん、そして娘・H菜乃の活躍を見て、
今度は、K院長も入門され、空手の輪が広がっている。

ちなみに、あゆみさんは空手の試合を見るのが恐いらしい。
しかし、
恵輔さんが、試合をビデオに撮ってほしい、と頼んだところ、
「何やってんだ、もっと行けッ!」
と、録画したものに声が入っていたらしい。

O原さんは、
「近寄り難くて、怖いけど、そんなところが好き」
とノロケていた。

はいッ、ごちそうさまでした!

末永く、お幸せに!




結婚式のあと、そのまま九州大会へ向かった。
その九州での話は、次回へ!






posted by 井上誠吾 at 11:02| 日記

2015年11月27日

お詫び!



パソコンは実に苦手である。

息子たちに教えられるままに操作し、
なんとか、ブログの更新くらいは出来てはいるが・・・、
ワープロ文章の保存、送信等々は、失敗の連続!

すでに息子たちは独立し、我が家にいないため、
不具合が出ると、パソコンという代物は御し難い存在となる。

最近も、ある大切な友人と話していて、
「パソコンのメールを見ていないでしょ」
とお叱りを受けた。

どうやら、メールを送ったのだが返信が来ない、との事。

そこで、パソコンのメールを開くと、
なんと!
いろいろな方からメールが届いていた。

ほとんどの方が小生のブログをご覧になっている。
あらためて、この場を借りて、
「申し訳ありません。大変失礼を致しました」
と、お詫び申し上げる次第(汗)。

それにしても、参った。
Wメールを見るW
という習慣が欠落しているのである。

昔の通信手段といえば、手紙であった。
それが今では、メール、ツイッター、ライン、スカイプ、
とW秒進分歩Wで進化していく。
なんとか理解しているものの・・・、
それらを使いこなせない自分に忸怩たる思いである。

そもそもがW文章の保存Wに手を焼いている。
<長時間かけて、長文を書いたものの、一発で削除する>
というWお家芸Wは、もうW恍惚の人W状態!

これではいかん。
メールの確認・文章の保存・送信・返信、くらいは、
Wお手の物Wにしようと奮闘中である!

ちなみに、届いていたメールの中に、
かつて小生が殺陣や空手を教えていた演出家・たかせしゅうほう、
の演出作品の知らせがあった。

以下、お時間があれば、是非とも観て頂きたい。

【1】よろず屋ジョニー
11月20日(金)23:00〜23:50(毎週金曜、5話連続)
CSフジテレビTWO
出演 矢野聖人、佐野史郎、
平田敦子、岡田義徳、池田成志、臼田あさ美、山中崇
12月1日(火)27:00〜

【2】池袋映画祭
日時:11月21日(土)19:00〜21:30(18:30開場)
会場:コア・池袋6F 文化ホール
住所:東京都豊島区東池袋1丁目20−10

【3】P-LABO映画祭
日時:11月22日(日)13:30〜
会場:調布市文化会館たづくり 8F 映像シアター
住所:東京都調布市小島町2-33-1


たかせしゅうほう、少しずつ頭角を現して来ました!
どうか、応援のほど、よろしくお願いします!






posted by 井上誠吾 at 10:26| 日記

2015年11月17日

武は戈(ほこ)を止める、日本!




パリで同時多発テロが発生、300人以上の死傷者が出た。

過激派組織Wイスラム国Wが、
「シリアで空爆を続けるフランスへの報復」
との犯行声明を出した。

フランス軍はすぐさま、
Wイスラム国Wが拠点としているラッカを空爆した。

血の報復が止まらない・・・!

日本は、どうするのか?
おぞましい報復の連鎖は世界中に拡散していく恐れがある。

テロの背景には、イラク侵攻から始まり、
大国の軍需産業、軍事介入という横暴、そしてW死の商人W、
という事実から目を背けてはならない!
そして、
中東諸国の宗教観の対立に首を突っ込む事もしてはならない。
けっして、軽々に加担して動くべきではない。

しかし、
もはや対岸の火事ではない。
否、
すでに日本はWイスラム国Wから標的とされており、
そもそも見て見ぬ振りなど出来る立場にない。

ましてや、
日本は、先進国であり、経済大国なのである。
世界のなかの日本として、果たすべき責務がある。

一時期、菅官房長官は、
「有志連合に対して資金援助や後方支援は行わない」
と言っていた。
しかし、安保法制が可決した今、
資金援助は勿論、後方支援も要請されることになるであろう。

かつて、日本は、
中東やイスラム諸国と友好関係にあった。
何一つとして、怨みを買うことがなかった。

それが、あえて敵を作る危険性を孕んでいるのが現状。

まだ遅くはない!
これ以上、紛争やテロを拡大させてはならない!
これ以上、難民やテロの犠牲者を増やしてはならない!

日本は、
「和をもって尊しとなす」
「武は戈(ほこ)を止める」
世界に誇るべく伝統ある素晴らしい国である!

武の国・日本の立ち位置は、
世界最大の人道支援国になるべき平和貢献にある!
ゆめゆめ血を流すことがあってはならない!

かつて、新渡戸稲造は、オーランド諸島の紛争を解決した。
国家間の歴史的な問題が複雑に絡みあう中で、
平和的な解決へと導いたのは、見事な外交手腕である!
その行動には、
「武士道」を著した新渡戸稲造ならではW誠実さWと、
仁・義・礼・忠・孝・勇・信、等々の徳目を背景にした
W人間的な魅力Wがあった。

テロ・紛争が報道されるたびに、新渡戸稲造のことを想う。
そして、
この国から、徳目を持った人材を輩出しなければならない、
と・・・!







posted by 井上誠吾 at 13:10| 日記

2015年11月11日

祝・結婚 明るく爽やかな出発!




先日、加藤和徳東伏見道場責任者が結婚!
お相手は穏やかで清楚な大和撫子のY子さん!

どうやら、加藤責任者は、
Y子さんと食事会で知り合ってからというもの、
数々の試合で優勝した時と同じように、
W快進撃Wで、交際、求婚、へと事を進めたようである。

加藤和徳責任者、
あっぱれ!

以下、主賓の挨拶で陳べたことと重複する内容もあるが・・・。

小生が加藤責任者と出会ったのは、彼がまだ学生時代。
当時から、稽古熱心で、新人ながら様々な大会に出場しては、
優勝・入賞を繰り返していたことは記憶に新しい。

やがて、明治乳業に入社。
仕事にも空手にも、熱心に取り組んでいた、ある日突然!
「会社を辞めますので、誠真会館の道場を開かせて下さい」
と言ってきたので、これには非常に驚いた。

何が悲しくて、大企業を辞めて、棘の道を進むのか・・・?!
正直な話、道場を開くというのは、新事業の開拓にも似ており、
労多くして、けっして安定したものではない。
それを承知の上で、大企業を辞めてまで開きたい、という。

大企業をやめる、という心配。
そして、
誠真会館を広めたい、という心意気。
小生の中で、二つが相まって、実に複雑な思いであった。

ご両親にとっては青天の霹靂、だったと推察している。
お父さんとは空手を通じて、知り合いであったが・・・。
一席を設けて、許しを得なければならない、と思った。
もしかしたら、反対されるんじゃないか、と心配もしたが、
快く承諾して頂き、W安堵と感謝Wの思いが湧きあがった。

実は、披露宴が始まる前のロビーで、
ご両親と話す機会があり、あの当時の話になった。
そして、
ご両親から、何度も感謝の言葉を頂戴した。

あらためて、
息子さんが道場を開設したこと、を喜んで貰っている、
とW安堵と感謝Wの思いが湧きあがってきた。

おめでたい宴の席上には、
参列の方々への思い出の写真とメッセージが置かれていた。

そこには、
加藤責任者の心温まる言葉が綴られていた。
さらに、
空手家としての強い覚悟も!
まさに、文武両道!
そして、仁・義・礼・忠・孝・勇・信、を根本に、
強く優しく潔く、を実践する勇者の言葉があった!

最近、年のせいか涙腺も衰えてきたのであろうか、
宴が進むにつれ、ついつい感極まってきて・・・、
ホロリ、またホロリ。

実に、明るく爽やかで素晴らしい結婚式であった!
お二人の門出を心から慶び、
祝福の押忍!






posted by 井上誠吾 at 11:51| 日記

2015年11月05日

友人の死に、思うこと・・・。



また一人、友人が亡くなった。
小生より一つ年上の64才であった。

互いに20代からの付き合い。
長年、芸能界の裏方として働いて来た彼が、
会社を設立する際には微力ながらも出来る限りの協力をした。

小生の父が亡くなった際など、
忙しい中、わさわざ東京から福岡まで来て、
葬儀に参列してくれるほどの男であった。

あるかどうかも分からない小生の才能を信じて、
監督やプロデューサー等々、いろいろな人を紹介してくれた。

しかし、せっかく紹介したというのに、
小生がW衝突Wして戻ってくるので、
「誠吾ちゃんは、すぐに喧嘩をするからなぁ」
と頭を抱えていた。

友人のプロデューサーが、
「誠吾さんのことはいつも心配してましたよ。
もう少し柔らかくなったら、もっと良くなるのに・・・」
と案じてもいたらしい。
そして、当のプロデューサーもまた、
「あの頃の誠吾さんは頑固者でしたからね」
当時を振り返り、苦笑していた。

若い頃の小生は、
「おまえ、ギラギラしすぎだ。W抜き身の刀Wだぞ」
と先輩から窘められたことは一度や二度ではなかった。

そんなW問題児Wの小生を、
彼は、いつも裏方の立場から心配してくれていたのである。

この年になって、痛切に反省させられる。
なんとまぁ、いまだに未熟のままなのか、と・・・!

突然の死に、彼の奥さんは、
「まだ死んだ気がしないんです。ドアを開けて帰ってくるような気がしてなりません」
と呟いていた。

同じ思いである。
しかし・・・もう、現世で会うことはない。
今さらながらに、己れの不甲斐なさが悔やまれる。

実に、いい奴だったんだなぁ、とつくづくと思う。

願わくば、
Wもう少し柔らかくなり、もっと良くなったW
小生の姿を見せたかった。

否・・・、
まだ遅くない。
生涯に渡って学習だ!

死を迎える、その瞬間まで、修行である!

「天国から、見ていろよ」
と、感謝と哀悼の意を込めて、
合掌!





posted by 井上誠吾 at 12:13| 日記

2015年10月31日

何事もできる、との不屈の精神!



このブログでは、
明治期の偉人・新渡戸稲造のことは常に触れてきた。
しかし、
「北里柴三郎もまたW文武両道Wの人であった」
と、今さらながら感慨深く思っている。

北里柴三郎は、
常に厳格な姿勢で学問に取り組んだことから、
「ドンネル先生」、ドイツ語で「雷(カミナリ)おやじ」
との愛称で門下生から慕われていたようだ。

その辺のところを小生の主観を交え、以下、書いていきたい。

柴三郎少年は、
チャンバラごっこが大好きなガキ大将で、
武の道に没頭していき、軍人になることを夢としていた。

この少年時代に培われたものが、
その後のW仕事Wへの向き合い方に現われている、と思う。

医学の道を志し、ドイツへと渡った柴三郎青年は、
ジフテリアの血清療法をベーリング博士と共同開発した。

その功績により、ベーリング博士は、
第一回ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

なぜ、北里柴三郎が受賞から外されたのか・・・。
当時のノーベル賞に、まだ共同授賞がなかったこと、
そして、東洋人差別という壁があったこと、
この二つが挙げられる、と思う。

その差別観が当時の集合写真に残っている。

ドイツの研究所に入った頃は、後方で小さく写っているが、
「ここで研究ができるだけで幸せだ」
差別など吹き飛ばす青雲の志を胸中に秘めていたであろう。
その後、破傷風の研究成果を残すと・・・、
入所当時とは打って変わって、前列中央で写っている。

そして、すでに世界各国から厚遇で声をかけられていたが、
「日本国民を病苦から救いたい」
世界的学者となりながらもW名利Wに走ることなく帰国する。

三等国で、医療後進国であった日本の研究者が、
破傷風の血清治療の開発で、世界を驚嘆させた上に、
世界各国の誘いを蹴って、日本の国民のために帰国する。
「あっぱれ!」
としかいいようのないW武の道Wに通じる潔い行動である!

しかし、帰国後、困難が続く。

日本人として、世界的な学者を目指しつつ、
世界と肩を並べる研究者を育てようとする志は、
頑固な性格が災いして、孤立を生み出し、その道を阻む。

しかし、そんな北里柴三郎を救ったのが福沢諭吉であった。

福沢諭吉もまたW武の道Wの人であり、
「国を愛する心は、北里柴三郎と重なるところがある」
それゆえに二人の間で深い絆が結ばれたのであろう。

北里柴三郎は、
福沢諭吉の恩義に報いようと、
終生、献身的な努力をしていき、
北里大学、慶応大学医学部の創立へと貢献していく。

北里柴三郎は、
「人に熱と誠があれば、何事でも達成する」
と行き詰った弟子たちを励ましている。

雷(カミナリ)おやじの、
「何事もできる、との不屈の精神」は、
時を経て、
平成の時代となった我々にも、
励ましの言葉となって活き活きと届いてくる。

みんな「できる!」と、不屈の押忍だ!





posted by 井上誠吾 at 13:53| 日記

2015年10月24日

北里柴三郎の話




ブログで書く時期を逃してしまうと・・・、
そのまま書きそびれてしまうことが多々ある。

タイトルの
「北里柴三郎の話」
も早く書かなければ、と思いつつ、今日まで延びてしまった。

今年のノーベル医学賞の北里大学名誉教授・大村智氏が、
「尊敬する科学者の一人」
と挙げているのが、近代医学の父・北里柴三郎である。

「北里柴三郎」
どうも一般的に知名度が低いようであるが・・・。

小生は小学4年生頃から伝記本が好きになり、
織田・豊臣・徳川、等の日本の武将から、
リンカーン・エジソン・ガンジー、等の海外の偉人まで、
手当たり次第に読んでいた記憶がある。

その中でも「北里柴三郎」の名前は、
大人になった今でも、否、年老いた今でも、
「とんでもなく偉い人」
と、強烈な印象として残っている。

柴三郎少年は、
幼い頃から、武道に没頭し、学問には興味を示さなかった。
しかし、母親の厳しい躾を受け、W文武両道Wに励み、
やがて、医学の道を志し、ドイツへと渡り、
ジフテリア・破傷風・ペスト・赤痢・コレラ等々を研究し、
数多くの病原菌を発見、治療法を開発している。

小生の中では、
特に「ジフテリア」と「赤痢」に関心が向いてしまう。

実は小生、
小学校の低学年(記憶では2年)の頃、
ジフテリアと赤痢に立て続けに感染して、
隔離病棟に強制入院させられたことがある。

当時も今も、二つも感染する人間など稀であろう。
それでも、赤痢の時は、入院患者が数人ほどいた。
しかし、ジフテリアの時は、
大きな隔離病棟に、患者はたった一人だけの入院となった。

木造二階建ての病棟が三棟ほどあったと記憶している。
母が買い物などで病室を出ると・・・、
誰もいない病棟は、なんともいえない不気味さが漂っていた。
そして、
夕方になると、母が夕食の支度で家に帰っていく。
夕闇に包まれていく病棟は、更なる不気味さが漂い、
怖さ、心細さ、寂しさが増大していった。

小学低学年で、
普通では感染しないジフテリアと赤痢を発症し、
隔離病棟に強制的に入院させられたことは、
W強烈Wな体験として刻印された。

その後、北里柴三郎の伝記本を読み、
「ジフテリア」や「赤痢」の研究をしていたことを知った。
「この人のお陰で助かったんだ・・・」
北里柴三郎が偉人としてW強烈Wに焼きつけられたのは、
子供の頃のW隔離病棟の体験Wゆえかもしれない。

今、あらためて、
大村教授がノーベル医学賞に輝いたことで、
北里柴三郎の偉大さを再確認することができた。

「人のためになること」と大村教授は仰っている。
そして、北里柴三郎は、
「科学者というのは人のためにならなきゃ駄目だ」
と名言を残している。

その名言の背景には、
「人のために動く」
との母親の厳しい躾の中、
武士道のW利他の精神Wが培われたのではないかと推察する。

今日も武道空手の汗を流して、
W利他の精神Wを、
未熟な己れの中に叩きこんでいこう!
押忍!





posted by 井上誠吾 at 12:06| 日記

2015年10月17日

知と情、の教育が大事!



先日、教育関係の知人と会って食事をした。
その際、とても良い話を交わし合った。

知人は、
「子供の教育には、知と情、の二つが必要だと思います。
知というのは、本能的に持っているものであり、
それに対して、情は、後天的に作られるものだと思います」
というのだ。

これには大いに共鳴し、
小生の持論を持ち出していき・・・、
以下のような話で盛り上がっていった。

どのような子供でも、
この世に何かをするために生まれてきた。
駄目な人間なんか、どこにもいない。

「知」
すなわち、
「勉強・知識」
というものは、
本人の意欲や自覚次第である。

何らかの目標があり、
それに対して意欲があり、
「やれる!」
という自覚があれば、必ず伸びるものである。

人間は本能的に「競争心と欲望」を持って生まれてきている。

「あいつには負けたくない」とか、
「一流大学に入りたい」とか、
自ら、その本能を湧き立たせていけば、
勉強という能力は開花する。

しかし、
情というものは、そうはいかない。

情は、
「人との交流」
の中から、生まれていく。

人に優しくされたり、
人に褒められたり、
人に助けられたり、
と、様々なW心地よいW体験をしたり、
あるいは、
人に貶されたり、
人に冷たくされたり、
人に妨害されたり、
と、様々なWおぞましいW体験をする。

正も負も受け止めつつ、
それらを成長の糧にしていくことで、
「情」というものが育まれていく。

「情」がなくても、
「競争心と欲望」があれば、一流大学には合格する。
しかし、
「情」がないため、
冷たく非人間的で無機質なエリートが誕生してしまう。

「知」と「情」、
二つが両輪となり、子供の成長を促していくことが大切だ!
ごく当たり前の話であるが・・・、
それができていない現代社会ゆえに、
青少年や若者たちの理解不能な犯罪が増えており、
そこにストップを掛けていく教育が必要不可欠なのである!

と、まあ・・・そのように話が盛り上がったのである。

今日は文武両道クラスがある。
仁・義・礼・忠・孝・勇・信、
強く、優しく、潔い心、
この空手を実践することで「知と情」の教育に繋がっていく。

知人は誠真会館の理念にも大いに共鳴してくれ、嬉しかった!

しっかりと子供たちに向き合い、
今日も、気持ちの良い汗をかきたいと思う。
押忍!






posted by 井上誠吾 at 11:52| 日記

2015年10月10日

俺が俺が、ではない真摯さ!



チュニジアの、
「国民対話カルテット」
がノーベル平和賞に選ばれた。

「国民対話カルテット」・・・?
初耳である。
「ドンキーカルテット」なら、よく知っているが・・・。
失礼、冗談はさておいて。

4つの団体の総称だから、
「国民対話カルテット」
というのであろう。
その存在を知ったのは、昨日のノーベル平和賞の発表である。

どうやら、あの「ジャスミン革命」に関係しているらしい。

「ジャスミン革命」とは、
一人の青年が役所に抗議して庁舎前で焼身自殺したことから、
独裁政権への大規模な市民運動へと拡大していき、
堪りかねた大統領が、軍部に対して市民の殺害命令を出した。
しかし、
軍部は、命令を拒否して市民に味方し、独裁政権が崩壊した。

小生の中で、記憶に新しいニュースが、
W戦車の上に市民が贈った花束が置かれているW
世界中に流れたあのニュースだ。

軍が市民たちを攻撃せずに、やさしく見守る。
そのお礼にと置かれた花束であろう。
なんともいえない、W熱いものWが込み上げた。

この事件はチュニジアを代表するジャスミンの花から、
「ジャスミン革命」と呼ばれた。

この「ジャスミン革命」を端にして、
エジプト・リビア・イエメン等々、各国の国民たちが、
「アラブの春」と呼ばれる、
独裁政権の打倒運動を引き起こしていく。

しかし・・・、
成功したのは、「ジャスミン革命」のみである。

「アラブの春」は、
シリア内戦へと繋がり、多くの難民たちを生み出している。

現在、シリアでは、
軍部を押さえているアサド政権、
それに対抗する反アサド政権勢力、
混乱に乗じて勢力を拡大するイスラム国、
三勢力が三つ巴に対立している。

さらに、
アサド政権を支持するロシア、
反アサド政権を支持するアメリカ、
両国の代理戦争の様相となり、ますます泥沼化している。

その裏には、
大国間による地下資源の争奪戦があるのだろうが・・・。

利権を貪る、W俺が俺がWのエゴを感じてしまう。

今回、国民対話カルテットがノーベル平和賞に選ばれたのは、
「対話によって、性別・政治・宗教に関係なく、
人権を尊重し、平和的な政権移行につなげた功績」
が認められたようだ。

しかし、
首都チュニスでは、失業・テロ・治安悪化、等々から、
「平和賞はふさわしくない」
との市民の冷めた反応があるらしい。

このような報道を知るにつけ、
「日本には、世界に誇れるものがある」
と心底から思う。

それは、
武は戈(ほこ)を止める、日本!
和を以て貴しとなす、日本!
である。

武の道を伝え、
W強く、優しく、潔いW人間の輪を広めていかねばならない!
と、ますます確信する。

今日も真摯に指導に取り組み、
道場生の皆さんと気持ちの良い汗を流そう!
押忍!






posted by 井上誠吾 at 12:18| 日記

2015年10月05日

書くことを忘れてしまう




今回のタイトル、
「書くことを忘れてしまう」
前に、先週末のことを書かねば、また忘れてしまうので、
先ずは、そのことを書かせて頂く。

先週末、本部道場に、
ラビットカラテスクールの方々が出稽古に来られた!

当日の詳細は、
ラビットカラテスクール代表の石垣慎壱先生のブログ、
「空手家ブルースのブログ」
をご覧頂きたい。
小生が書くよりも、石垣先生のブログのほうが、
楽しく、詳しく、写真入りで書いてあるので、ご期待を!

そこで、小生は別の話をさせて頂く。

実は、石垣先生には、申し訳ないことを!

約1ヶ月近く前に、石垣先生と食事した際、
「近いうちに出稽古に行かせて下さい」
と申し出があり、
そのあとに小生が、
「今日の話をブログに書きます」
と約束して、別れたような、気がする・・・。

気がする・・・とは、
美酒を酌み交わし過ぎて、けっこうなW酔拳W状態!

当日の記憶が定かではないのだ。
ま、美酒が入らなくても、
このようなことは日常茶飯事ではあるが・・・。

そんな小生ゆえに、
最近は、大切な人の話とか、大切な用件とか、等々は、
W忘れないようにメモするW
これを心がけている。

しかし、
せっかくW忘れないようにメモするWとしたものの、
そのWメモしたWことを忘れてしまう、という失態の連続!

そこで、1ヶ月近く前のメモを見てみると・・・、
石垣先生から、小生にとって素晴らしい言葉を頂戴している!

その内容は、ここでは披露はしないが・・・、
石垣先生の、
W誠真会館を思っての心温かな提言W
であることは間違いない。

空手歴が長く、
格闘技イベントプロデューサーもやっておられることからも、
その言葉には、説得力がある!
いずれ・・・、
何かの機会があれば話をされるであろう。
その際は、小生を含め、指導員や黒帯たちの指針となり、
誠真会館の発展に繋がることは間違いない!
ゆえに、密かに楽しみにしている。

おっと、タイトルの、
「書くことを忘れてしまう」
ことをW書くのを忘れてしまうWところであった。

ん・・・?
何を書こうとしていたのか、忘れてしまった。

何だったかな・・・?

(・・・思い出し中・・・)

あ、そうだ、思い出した。
人と会って、意気投合したり、感動したりした時、
「このことをブログに書いていいですか?」
と承諾を得ることがある。
そのW書いていいWと承諾を得たことを、
「書くことを忘れてしまう」
のである。

ゆえに、
承諾を得た人と再会した際に、
「まだブログに書いていませんね」
と苦笑しながら、優しいご指摘を受けるのである。

皆さま、どうか、お許しを!
お詫びの、押忍!



ああ、
「書くことを忘れてしまう」
内容のことを、
W書くのを忘れなかったW
ので、良かった!

「あいッ、ナガイ上に、クド過ぎるぞ!」
とのお叱りの声が届きそうなので、この辺で失礼。






posted by 井上誠吾 at 14:08| 日記

2015年09月29日

空手がオリンピック種目、について




昨日、空手がオリンピック種目として選ばれた。

実に、複雑な思いである・・・。

種目に選ばれたのは、W伝統派Wの空手であり、
我々誠真会館はW直接打撃制Wの空手であるからして、
オリンピックには参加できない。

同じ空手とはいえ、
直接、W当てるWのと、W当てないWのでは、
まったくW異なる競技Wといえるほどの違いがある。

小生は、15才からW伝統派Wの空手を始めた。
そして、大会にも出場したが・・・、
残念ながら、勝ったことは一度もなく、負け続けた。
W強く当て過ぎたりW、W強く蹴り過ぎたりW、の反則負け。

小生自身の体験から、判定が難しい空手種目が選ばれたと思う。

20才過ぎてからは、
「空手バカ一代」「けんか空手極真拳」等々と、
空手映画に出演し、W直接打撃制Wの空手へと移行していった。

以来、俳優や脚本家を経ながら空手と関わり続け、
武道空手の必要性を感じて、2006年に誠真会館を創立した。

そのような空手人生を送ってきた者として、
空手がオリンピック種目になることは非常に喜ばしい!

しかし、残念ながら、今の段階では・・・、
オリンピックという大舞台に誠真会館の道場生は参加できない。

館長として、申し訳ない思い、無力さに忸怩たるものがある。

これから先、
「オリンピックを目指したい」
という道場生が出てくるならば・・・、
そのような道場生の夢や希望を積むわけにはいかない。

己れの出きうる限り、
どこまでやれるか分からないが・・・、
その夢や希望が叶えられるよう精一杯動いてやりたい!
そう思っている。

しかし、
あえて、我田引水で本音を吐かせて貰うと、
我々が実践しているW直接打撃制Wの空手は、
「競技ではなく、道場の稽古の中にこそ、その道がある」
と確信している。

痛い・辛い・怖い・苦しい、ことから逃げず、
厳しい稽古を通して、己れ自身を鍛え、磨いていく。
それこそがW直接打撃制Wの本質である!

オリンピックという華やかな大舞台に参加する空手もあれば、
道場で己れ自身を輝かせていく空手もある!

むろん、オリンピックには敵わないが、
誠真会館主催の大会は確実に規模を大きくしており、
各空手団体からも高い評価を得られるまでに至っている。

その辺を理解して頂き、
痛い・辛い・怖い・苦しい、稽古に励んで、
何ものにも壊されない人間へと成長していって欲しい!

今日も道場で、お互いに気持ちの良い汗を流そう!
押忍!





posted by 井上誠吾 at 10:36| 日記

2015年09月25日

福島県大会が無事に終了!



先日、全福島空手道選手権大会へ行ってきた。
毎年9月に開催されている門馬道場主催の大会である。

参加するたびに感じるのは、試合進行の見事さである。
今年も門馬智幸師範はじめ、各先生方、スタッフの皆さんが、
一丸となり、選手たちのために動かれており、深く感服した。

中でも、
出産寸前なのに自らお手伝いされる岩崎菜穂子先生
そして、
子供が出場しているのにスタッフ活動される保護者の方々、
皆さん方の姿を見ていると、心の底から頭が下がる。

「武の道」は「生きるための作法」ともいえる。
W会津武士の地Wにて生活をされている皆さん方からは、
「人のために動く」
というW武士道の利他の精神Wに通じるものを感じる。

誠真会館主催の大会も、かくあらねば、と感じ入る。

誠真会館からは、毎年、少年部の選手が参加してきたが・・・、
今年は、一般部の選手たちも参加し、
総勢・24名の誠真会館の参加選手たちが、
福島県須加川アリーナに集結した!

試合前に緊張するのは、常のことである。
今回もご多分にもれず、極度の緊張に襲われた子たちがいた。
恐怖から泣きだしてしまう子、
体調を崩して横になってしまう子、
体が震えて止まらない子、
しかし、
それを押して、力の限りを尽くして、戦い挑んでいった!

素晴らしい!
己れを奮い立たせて、極度の緊張を乗り越えて、戦い挑む!

このような体験をした子供たちだからこそ、
将来、自分に降りかかってくる困難を乗り越えて、
人生の勝利を掴み取っていく、と確信している。

今大会では、残念ながら優勝は逃したが・・・、
準優勝・3名。
3位入賞・2名
4位入賞・1名
敢闘賞・1名
という結果となった。

勝ち負けにかかわらず、
大会で経験したことを次へと活かして欲しいと願っている。

ところで・・・、
毎年、大会前夜にはレセプションパーティーが開かれる。
ここでは師範・先生方による恒例のスピーチがあり、
皆さん、大体1分ほど、短い方は10秒ほどの挨拶をされる。
今年は、時間の都合もあり
「皆さん、それぞれ1分以内でお願いします」
と司会者の先生のお達しがあり、全体に短く進んでいき・・・、
なんと、最後に、小生が指名されてしまった。

短く話し終えるつもりであったが・・・、
悪い癖で、ナガク・クドクなってしまった。(汗)

内容は、
「武は戈(ほこ)を止める。そして、和をもって貴しとなす」
をW安保法制Wに絡めたもの。
常々、ブログに書いていることを口にしてしまった。(汗)

結果、4分近くも話してしまい、恐縮の至りで席に戻った。
すると、大石代悟師範から、
「時間なんか気にせず、もっと話して欲しかったですよ」
との言葉を頂き、安堵と共に嬉しく思った。

大石師範には、大いに共鳴して頂いた上、
パーティーの残り時間の席上でも、その話で終始した。
さらに、
翌日の大会終了後にても、
「安保法制」と「武道空手」
について、別れる寸前まで熱く意見交換をさせて頂いた。

あらためて、
「武は戈(ほこ)を止める」
「和をもって貴しとなす」
ことの大切さを確信した次第である。




全福島大会に関係されたすべての皆様方に、
お疲れ様でした!
ありがとうございました!
押忍!






posted by 井上誠吾 at 11:58| 日記

2015年09月19日

この国はどこへ行く・・・子供たちの未来を憂う



日本は、戦後70年もの間、専守防衛を守り通してきた。

専守防衛とは、
「自国から攻めず、敵国の侵略に対してだけ、戦って撃退する」
というものである。

これは、
武道・武士道の究極の理想であるところの、
「武は戈(ほこ)を止める」
に行き着く。

しかし、無念だが・・・、
この究極の理想は、
安全保障関連法制の成立により、
「自国から攻め、敵国の侵略や同盟国の敵国に対しても戦う」
ことへ転換されてしまった。

この日が来るのは、当然のこと、と予測はしていた。

中国や北朝鮮の現状から見ると、仕方ない、という思いはある。

しかし・・・、
いざ、可決・成立されてしまうと、
甚だしい不快さ、
そして、ただならぬ憂いが募ってきてしまう。

日本の子供たちの未来は、どうなる?

我が人生を振り返れば・・・、
戦後・昭和27年に生まれ、
W戦争を知らない子供たちWとして、
他国との戦争を知らないまま、63年を生きてきた。

その63年の間に、
ベトナム・アフガン・イラン・イラク・イスラエル、等々、
数多くのW戦争映画WやW戦争報道Wを見てきた。

戦禍の中で犠牲となって死んでいった人々、
戦禍の中で難民となって生きていくしかない人々、
それらの人々の悲惨な運命を、
W戦争を知らない子供たちWの一人として、
平和な街の映画館で、平和な我が家の茶の間で、
まるで、他人事のように見てきた。

そのような日本であったのに・・・。
今回の可決・成立で、
未来の子供たちにとっては、他人事ではなくなってくる!

それを思うと、憂いが止まらない・・・!

しかし・・・、
現実問題として、
中国や北朝鮮の危機が今そこに迫ってきている。
このままで、済む筈がない。

やがては、
なんらかの防衛法案が必要不可欠であったのは事実である。
しかし・・・、
それにしても、だ。
こういう決まり方しかなかったのか・・・!

W反対のための反対Wをするつもりは一切ない。
ただ、願わくば、
「日米同盟の軍事協力は南沙諸島まで!」
として、
「どの国とも、敵を作らない外交戦略」
を展開していって欲しい!

小生の友人・知人の中には、
中国や北朝鮮の出身者がいる。
そして、誠真会館の道場生の中にも当然いる。
小生の中で、彼らと敵対することなど考えられない。
ここで宣言する。
「たとえ、戦時となっても、
 彼らは大切な友人・知人であり、
 そして、大切な誠真会館の道場生であり、
 彼らとの交流は、なんら変わることはない!」

作家である友人が、
「この地球という星は美しい。
 しかし、この星の住人は、互いの命を喰い合って生きている」
と言っていた。

同感である。
人は、
生まれてきた時から、
厳しい生存競争の中に放り込まれ、
生き延びていかなければならない運命にある。

その人間のサガは、
そのまま、その国のサガへと運命づけられていく。

さらに友人の作家は、
「Wどの国とも、敵を作らない外交戦略Wなど、夢物語だ」
と、小生の甘さを嗜めた。

確かに、そうかもしれない。
しかし、
夢は、叶えるためにある!

そのためにこそ、
「武道・武士道の生き方が大切なのである」
と、確信している!

子供たちの未来を、
「強く、優しく、潔い心」
で明るいものにしてやらなければならない!

己れ自身の残る人生の限りを尽くして、
「和をもって貴しとなす」
「武は戈(ほこ)を止める」
誠真会館の子供たちが、
日本にとって、世界にとって、地球にとって、
有益な人材となるよう育てていく!

そう、あらためて覚悟している!








posted by 井上誠吾 at 13:40| 日記

2015年09月17日

止むにやまれぬ思い・・・!



今日、明日にでも、とんでもない法案が制度化されつつある。

このブログは、
Wさまざまな職業、さまざまな立場、さまざまな意見W
を持つ人々が見ておられる。

ゆえに、「本音をぽろり」と吐けずに・・・、
書くべきか、否か、ついつい逡巡してしまう自分がいる。

しかし・・・、
今、日本が進もうとしている危険な方向を見据えると、
本音を吐かずして、
「仁・義・礼・忠・孝・勇・信、 強く、優しく、潔い心」
を、理念とする団体の長たるか、と自責の念を抱く。

止むにやまれぬ思いで、以下を書かせて頂く。

何度も書いてきたが、
小生はW右WでもW左Wでもなく、Wど真ん中Wである。

議員たちの反対演説の内容を聞いていると、
「反対のための反対」
としか、残念ながら受け取れない。

それは、どの政治家にも言える。
「国民に分かりやすい対案を出さない野党」
も然り!
そして、
「国民に分かりやすい法案を説明できない与党」
も然りである!

つまり、
法案を阻止する側も、
法案を制度化する側も、
「分かりやすさ」
というものが欠如しているのである。

すべてが曖昧模糊の中、混乱だけを国民にさらけ出している。

このままでは、何も生まず、脆弱な日本に陥ってしまう。

反対ばかりしていると、中国や北朝鮮に攻め込まれる!
賛成ばかりしていると、アメリカの戦争に巻き込まれる!

つまり、W左WもW右Wも、
「国民のため」と言っているが、
「国民のため」にはなっていない!

野党のいうところの「戦争反対」は、小生も同意見!
しかし、である。
日米同盟なしで、どうやって日本の安全を守る、というのか!

かつてW左系Wの元総理大臣が、
「非武装中立」
を宣言していた。
こともあろうか、その「非武装」を唱えている元総理が、
W中国の軍事パレードに参加するW
という理解しがたい行動をする。

なんという矛盾であろうか!

同様の矛盾をW反対している人々Wにも感じてしまう。
まともな対案を出さず、
与党の足を引っ張ることに終始する。
それこそ、中国や北朝鮮を喜ばせることである。

その矛盾に気が付いていないのか、
あるいは、中国や北朝鮮に味方する確信犯なのか・・・。
いずれにせよ、今のままでは、
中国や北朝鮮に攻め込まれるW隙Wを作ってしまう!


そしてまた、与党も然りである!

与党のいうところの「日米同盟の強化」は、小生も同意見!
しかし、である。
それは、中国が領土権を主張している南沙諸島までだ。
シーレーンを守ると共に尖閣諸島を守る布石となるからだ。

わざわざ地球の裏側まで行って、
これまで戦争などしたことのない国々と、
何が悲しくて、戦争をしなくてはならないのか!

今の法案では、
そのW歯止めが効かないWから、反対しているのだ。
このままでは、必ず戦争に加担することになる!

どのような事態になろうとも、
日本は、アメリカの戦争に巻き込まれてはいけない!

「集団的自衛権は世界の常識」
とW常識Wを持ち出すのであれば、
「日本は、世界の非常識として、専守防衛に徹する」
とW非常識Wの姿勢を貫き通すべきだ。

そもそもW常識Wとは、
人間が作った共通の概念でしかない。

国が違えば、常識も違う、というのは周知の事実であろう。

W常識Wよりも、
W良識Wこそを第一とすべきである!

それこそ、参議院は「W良識Wの府」ではないか!

知的で健全なる判断を下して欲しい。
そう願うばかり!






posted by 井上誠吾 at 11:32| 日記

2015年09月15日

子や孫の世代のために本音中の本音を書く!







あと数日で、とんでもない法案が制度化されつつある。

安保法制・・・子や孫の世代のために阻止すべきである!

何度も陳べてきたが、小生はけっしてW右Wではない!
ましてやW左Wでもなく、Wど真ん中WのWど真ん中Wだ!
そのWど真ん中Wの人間が思っていることを陳べさせて頂く。

先日、テレビの政治討論の中で、
「集団的自衛権は世界の常識、日本は歩調を合わせるべき」
と某政治家が言っていたが・・・、
その常識というのはアメリカや西側諸国が求める常識である。

また、
「自衛隊は優秀であり、有事にはプロの軍人として活躍する」
と別の政治評論家が言っていたが・・・、
拡大解釈で合憲としているだけで、憲法下では軍人ではない。

もし、自衛隊員が海外で他国民を殺害した場合。
否・・・!
もし、ではなく、間違いなく殺害は現実化するであろう。

その場合の自衛隊員は、憲法下では個人の責任になり、
国際法、あるいは日本の刑法で殺人罪に問われることになる。

憲法において、自衛隊は軍隊ではなく、
にもかかわらず、軍人と同じことをさせようとする。
その矛盾を抱えて、自衛隊員たちは戦地に行かされるのだ。

自衛隊員たちは、大地震や災害が発生すれば、
国民のために大活躍してくれる優秀な災害支援部隊である。
そのような自衛隊員たちを他国の戦地へと送り込み、
銃を使用させ、殺人者に追い込んでしまって良い筈がない!

日本はW独自の平和的な立ち位置Wを志向すべきである!
アメリカや西側諸国の戦争に加担することなく、
自国を守るためのW専守防衛Wに徹して、
その上で、W世界一の人道支援大国Wになればよい!

そうすれば、
どれだけの人々が血を流さないですむことか・・・!
どれだけの人々が感謝の涙を流してくれることか・・・!

他国の人を殺してはいけない!
他国の人に殺されてもいけない!

あと数日で採決となる。
日本の政治家たちのW最後の良心Wに期待したい!






posted by 井上誠吾 at 12:58| 日記