2016年09月26日

福島の大会が無事に終了!




昨日、門馬道場主催の全福島空手道選手権大会が無事に終了!

毎年、9月になると参加させていただいているが、
門馬師範はじめ、
各先生方やスタッフの皆さん方の
ご丁寧な応対、試合進行等々、微に入り細にわたって、
お気遣いと大会成功への熱い思いが伝わってくる。

今年もまた、実に素晴らしい大会として終了した!

門馬師範はじめ、
各先生方やスタッフの皆さん方、
お疲れ様でした!
そして、ありがとうございました!

誠真会館からは、25名の選手が参加をし、
各コートで熱戦を繰り広げ、全員が一回戦を突破!

午後の部へと移り、更なる戦いに挑み続け、
優勝・2名、
準優勝・3名、
3位・4名、
4位・2名、
と、各入賞者が賞状・トロフィーを受け取った!

その模様は杉並本部道場のブログを見て頂きたい!
楽しく微笑ましい、試合前の姿、
そして、技が決まった瞬間、等々が、
見事なまでに収まっている!

東伏見道場のY科パパのカメラマンの腕と活躍に感謝!
そして、審判を行いながらのブログ更新のM澤さんに感謝!
ブログ更新の補助をして頂いたMりさん、F川さんにも感謝!

近々、東伏見道場のブログでも掲載される筈ゆえ、
そちらも楽しみに見て貰いたい!

優勝した選手の皆さん、おめでとう!
勝ち上がれなかった選手の皆さん、次へ向けて頑張ろう!

当日、会場に駆けつけて頂いた保護者の皆さん、
審判として働いていただいた各先生方、
お疲れ様でした!
そして、ありがとうございました!
皆さんに、感謝の押忍!





posted by 井上誠吾 at 09:49| 日記

2016年09月21日

見事なまでに30人組手を完遂!





人は、どうして戦うのだろう?

その答えは、
本気で戦った人の中にこそある
と確信している!

戦いの傍観者でいる限りは、
その答えを見い出すことなど、一生涯できない!

戦いの傍観者とは、
何も空手の組手だけを指しているのではない!

人の生きざまにも戦いは大きく左右するものである!

そんな戦う意義を知る男が、
先日、30人組手を見事なまでに完遂した!

東伏見道場責任者・加藤和徳先生である!

世界大会が控えているだけに、
本音を言えば、30人組手は、世界大会後にしてほしかった。
しかし、
本人の強い意気込みに触れ、この日の昇段審査となった。

弟の智亮先生はじめ、
選手クラスの面々が試合やケガで参加できず、
掛り手不足を心配したが・・・
なんのその各道場から素晴らしい勇士が集結してくれた!

しかし、
世界大会が控えていること、
掛り手にケガをさせたくないこと、
二つのことに留意するよう伝えて、30人組手を開始!

和徳先生より掛り手を心配しつつ(笑)、組手が進んでいく。

途中、壮年部やシニアの方々が挑まれた。
これは、頼もしくあり、その参加意欲に嬉しくもあった!

そして、目を細めたのは、中学生であった。
和徳先生にして、
「中学生たちの攻めが強く、疲れました」
とまで言わしめたである!

掛り手の中学生たちよ、あっぱれ!

それにしても、
和徳先生も掛り手も、無事で何より、
否、若干1名、足掛け下段突きで頭を強打した青年?がいたが、
本人は、
「良い体験をしました」
と喜んでいたので、これはこれで良しとして。
見事な30人組手であった!

人は戦うことから背中を向けることはできない!

戦うこと、
それは、自己を磨くこと、
そして、強く・優しく・潔く生きること、へと繋がる!

あの日、会場にいた人々が、
そして、その模様を知った誠真会館の道場生の人々が、
戦う意義を知り、
稽古に励んで貰いたいと願っている!
押忍!






posted by 井上誠吾 at 12:29| 日記

2016年09月17日

自分から逃げない!




これまで、何人の子供たちが、
「稽古が、痛いから、怖いから」
と、弱音を吐いてきたことか・・・。

そのたびに、
「弱い自分に背中を向けるな」
と、叱咤激励をするのだが・・・、
ついには耐えきれなくなり、道場から去っていく子がいる。

会うは別れの始めであり、人には別れがつきものである。

しかし、
「痛いから、怖いから」
との理由だけで空手をやめていく子を見ていると、
「これから先、この子は、何かにつけて逃げ回るんだろうな」
と、不憫でならない。

空手は、痛いのは当然、怖いのも当然、である!

実際、痛いことをやっているし、怖いこともやっている。
それを無理して、
「痛くない、怖くない」
と、強がったり、背伸びなんかする必要はない。

突きや蹴りを受けて、
「痛くない」とか「怖くない」という人間などいない。
誰もが、
「痛い」「怖い」と感じているのだ。
そして、さらに、
「難しい」「勝てない」「強くならない」等々と、
如何ともし難い壁も嫌というほど感じているのである。

しかし、
そこから逃げないで、
乗り越えていこうとすることが何よりも大切!

空手だけではない!
人生においても、強く生きている人というのは、
様々な体験をして、乗り越える力を身に宿してきている。

その乗り越える力が自分にもある、と強く信じることだ!
そして、勇気を出して一歩踏み込む、ことが大切なんだ!

生きている限り、「痛い」こと、「怖い」ことから逃れられない!
それは生涯ついてまわるものである。

そうやって逃げる癖がついてしまうと、
自分には乗り越える力があるというのに、
それに気がつかないまま、すべてを見失ってしまうのである。

そういう子は、実に不憫でならない・・・!

空手の稽古を通して、心と体を鍛えて、
強く・優しく・潔い人間になっていこうじゃないか!







posted by 井上誠吾 at 12:34| 日記

2016年09月10日

政治の浄化




小池都知事が都議会の闇にメスを入れ、
魑魅魍魎どもの利権や汚職に迫ろうとしている。

大いに期待しているが・・・、
果たして、どこまでやれるのか。
頓挫することなく、とことんやって貰いたいと願っている!

ちなみに、政府官僚の天下りやわたりは、
とっくに我々国民の知るところであるにもかかわらず、
いまだに横行し、税のムダ使いが続いている。

政府官僚が退職すると、
各省庁の関連する特殊法人や公益法人、
そして、各省庁の関連する民間企業、等々へと、
天下りをしていき、高い役職に就き、
数年経ったら、多額の退職金を受け取ると、
さらにまた、他の団体へと転々とわたりを繰り返し、
多額の退職金を何度も受け取っていく。

まさに、魑魅魍魎どもである!

同様の、ムダ使い・不正・汚職、が国だけでなく、
都や区や市町村といった地方自治体でも行われている!

日本人は、
「誠実で、勤勉で、正直で、礼儀正しく、秩序を守る」
と、世界中の人々から尊敬されている。

しかし、
「公に奉仕する立場にある者たちが私利私欲に走る」
という現実がある。

日本人として、恥ずかしい限りである!

勿論、すべての公務に就く人々がそうである、とは言わない。
一部の魑魅魍魎たちが、その汚名を着せているのだ。

事実、誠真会館の一般道場生や少年部保護者の中には、
公務員の方々がおられるが、公のために誠実に働かれている。

小池都知事には、
そのように誠実な公務員の方々の協力を得て、
頓挫せず、徹底的に東京都政の浄化を成し遂げてほしい!

小生が尊敬する上杉鷹山公は、
「なせば成る、なさねば成らぬ何事も、
 成らぬは人のなさぬなりけり」
そして、さらに、
「人民のための藩主であり、藩主のための人民ではない」
として、自らが質素倹約をし、領民のために働いた。

東京都政が浄化して、
その浄化の波が、国や地方自治体へと広がってほしい、
と切に願う!

もっと書きたいことがあるのだが・・・、
その辺は、今日の文武両道クラスで話したいと思っている。
押忍!







posted by 井上誠吾 at 11:52| 日記

2016年09月03日

叱れない親




小生は、
問題のある子供たちを見かけると、
見て見ぬふりができない。

車道を駆け回っている子供がいると
「危ないぞ」と言葉をかけ、
図書館で騒ぎまくっている子供を見かけると
「静かにしろ」と睨みつけ、
スーパーで菓子パンをつまみ食いしている子供を見つけると
「何やってんだ」と叱りつける。

そうやって注意するたびに、
「なんだ、この変なオジさんは?」
と子供たちからは怖がられ、
さらに、親たちからは、
「うちの子供に何の文句があるんですか?!」
と怪訝な目で睨まれた上、子供を庇って逃げ去られてしまう。

問題がある子供たちを注意しているだけなのに、
問題がある危険人物と見なされて、不快さだけが残る。

そもそも子供というものは
駆け回ったり
騒ぎまくったり
つまみ食いしたり
と、様々なかわいい悪事を繰り返すものである。
しかし、それは、時と場所による。
車道なら、本人が事故に遭うし、
図書館なら、人に迷惑をかけるし、
スーパーなら、犯罪者になってしまう。

そんなことにならないよう、叱ることが必要なのである!

本屋には叱らない子育て関連の本が山積みされている。

このような本が売れるとは、つくづく残念な世の中だと思う。

これでは、
「叱らないことが、子育てに最適」
と勘違いしてしまう親が増えても仕方ない。

叱らないで済むような聖人君子な子供など見たことがない!

おそらく、そのような本に限って、
「親の都合で叱るのは良くない」
などと、もっともらしいことが書いてあるのだろう。

小生は、
「親の都合で叱るのは大いに結構!」
と思っている。

そもそも赤ん坊は、自分の都合で泣くことから、始まっている。
「お腹がすいた〜」「おむつ替えて〜」「眠いよう〜」
と何時でも何処でも子供の都合で泣いて育ってきたのである。

それを、
「いつまでも赤ん坊じゃないぞ」
「いつまでも幼稚園じゃないぞ」
「いつまでも小学生じゃないぞ」
と躾と教育をしていくのが親の役目であり、親の都合だ!

社会で自立して力強く生きていくためには、
「辛抱する」
ということが必要不可欠である。

子供とのたうち回る覚悟で向き合って叱る。
つまり、
「愛情を込めて、本音でぶつかり、本音で叱る」
ということが肝心である!

まだまだ書きたいことが山ほどあるが・・・、
いずれまた書かせていただく。

最後に、少年部の子供たちについて。

空手道場に入門させるくらいの親御さんであれば、
上記のような「叱れない親」ではない、と確信している。
しかし・・・、
もし、困ったことがあれば、
親御さんだけで抱えてしまわずに、何なりと相談してほしい!

問題児であった小生ゆえ、応じられることも多々ある!
と自負している。
「待っております」押忍!
















posted by 井上誠吾 at 12:23| 日記

2016年08月27日

どう向き合えばよいのか、親と子・・・!




東松山市河川敷で16才少年の死体遺棄事件が発生。
殺人容疑で逮捕されたのは、同年齢の16才の知人の少年。

警察の取り調べで容疑を認め、
「うそをついたり、電話やメールを無視したから殺した」
と供述しているらしい。

新たに4人の少年が逮捕されており、
どうやら、集団暴行によって死に到らしめたようである。

昨年の川崎市河川敷での少年殺害事件が思い出され、
またしても、このような事件が起きたことに怒りを覚える。

そして、俳優の高畑裕太が強姦致傷の疑いで逮捕された。
母親の高畑淳子さんが謝罪会見をしていたが・・・、
子を持つ親として、気の毒で仕方ない。

実は、高畑淳子さんとは、
彼女がまだ売れない頃、撮影現場で一緒になり、
「あなたは、きっと売れるぞ」
と、偉そうに太鼓判を押したことがある。
以来、何度も会う機会があり、そのたびに褒めまくっていた。

彼女が長女を出産した際、その裏事情も知っている。
ここで書くのは適切ではなく、
また、その後は久しく会っていないので無責任に書けないが、
彼女なりに懸命に奮闘していたことだけは、付記しておく。

それにしても・・・、
こうした事件が起こるたびに、
親は、子供に、どう向き合えば良いというのか・・・?

このブログでも書き、様々な場所でも話してきたことだが、
小生は、少年期から青年期に至るまで、
「問題児」
と言われてきた。

バスに石を投げたり、
線路に石を置いたり、
自己主張だけが強く、喧嘩三昧の愚か者、であった。

その「問題児」が罪を犯さずに済んだ。
否、
交番には世話になっているので、ある種の罪は犯している。
言葉を変えれば、
「留置場や刑務所に入れられるところまではいっていない」
という表現のほうが正しい。

なぜ、こんな愚か者が一歩手前で踏み留まることができたか?

それは、
「これをやったら、両親が困るだろう」
と、両親の顔が浮かんでくるからである。

さらに、2児の父親となってからは、
「これをやったら、子供たちに示しがつかないだろう」
と、子供たちの顔が浮かんでくるからである。

今になって思う。
子供の頃、性懲りもなく悪さを繰り返し、
母から、何度となくせっかんを受けてきたことが、
功を奏している、と。
手で叩かれ、モノサシで叩かれ、ハタキで叩かれ、
最終兵器のホウキで叩かれたことで、
性根を叩き直されたのである!

あの頃の母の姿を今の時代に再現すれば、
子供虐待の烙印を押されるのは間違いないだろう。
しかし、あれは、断じて虐待ではない!
そもそもが、悪いことさえしなければ叩かれたりしないのだ。

事実、我々三兄弟のうち、兄と小生はよく叩かれたが、
一番下の弟は、兄二人を反面教師にして悪さをしなかったので、
叩かれたことは一度もない。

郷里の筑豊に帰省すれば、
愚か者同志の兄と小生が酒を酌み交わし、
母の愛の鞭のお陰で真っ当になれたと確認し合っている。

そんな己れ自身の体験から、確信していることがある。
子供には、
「愛情を込めて、本音でぶつかり、本音で叱る」
これだけで充分であり、それ以上は悩む必要はない、と!

子育てが難しい時代に入っている。
昔の近所の恐いオジさんやオバさんの役目を担おうとすると、
変なオジさんやオバさんに思われてしまうのがオチである。

そういった事からも、空手道場の恐い先生の存在は大きく、
子育てに悩む保護者の方々の一助になればと思っている!

今日の文武両道クラスでは、
近所の恐いオジさん
に成り代わり、空手の指導者として声をかけるつもりでいる。

まだまだ書きたいことがあるが、この辺で・・・。
次回は、
「叱れない親」
について書きたいと思っている。






posted by 井上誠吾 at 12:36| 日記

2016年08月15日

八月に思う、あれこれと・・・!




いつものことだが、
夏休みのような長期の休暇に入ると、
気を張っていた糸がいっきに緩んで絶不調に陥ってしまう。

まるで、動いていないと死んでしまうマグロと同じ。
否、寄る年並に勝てなくなってきた、ということかな・・・。

ぼんやりと、あれこれと思っていることを綴ってみたい。

オリンピックで盛り上がっている。
メダルラッシュが続いているようだが・・・、
個人的には、柔道の大野将平選手が気になった。

金メダルが決まった時、喜びを露わにせず、
礼に始まり、礼に終わる
との姿勢で、対戦相手に敬意を払って一礼をした。
「これぞ、日本の武道家が世界に示すべき姿だ」
と、日本人として、武道家として、誇らしく思った。

さらに個人的には、
三宅宏美選手の腰を痛めての銅メダルが嬉しい!
実は、昨年のこと。
三宅選手のお父上・義行氏(五輪メダリスト)は、
小生が留守にしていた本部道場を訪れ、山内先生と会話され、
帰られたらしい。
そんなことから、陰ながら応援していただけに嬉しい快挙だ!

ところで・・・、
高校野球の甲子園大会はやっている筈だが・・・。
どうなっているのかな?

ニュース番組はオリンピック一色である。
世の中が動いているのに、他のニュース報道が圧倒的に少ない。

8月6日は広島原爆投下の日だった。
8月9日は長崎原爆投下の日だった。

さらに、尖閣諸島への中国船の領海侵入が活発化。
そんな折、中国漁船が転覆し、船員を日本の海上保安庁が救助。

広島のことも、長崎のことも、尖閣諸島のことも、
もっと報道されるかと思っていたが、僅かな時間だけで終った。
あとは、オリンピック一色である。

今日は終戦記念日である。
果たして、終戦記念日のことは、どれほど報道されるのか。
まさか、解散するらしい某アイドルグループ一色か?!

常々に思うことだが・・・、
マスメディアからの一方的な情報に踊らされてはいけない。

知人の作家が、
「日本人は、マスメディアに洗脳されている」
と、憂いていた。
まったく同感である。

自分なりの視点で報道の裏の真意を読み取り、
自分なりの情報で世の動きを見抜く力が必要である。

と、まあ、ぼんやりと、あれやこれやと思っている。

さて、これから、大事な人たちと会う。
きっと、緊張の糸が張られ、気の緩みも吹き飛ぶだろう。

心機一転!
気合いを入れ、
絶不調からの脱出だ!






posted by 井上誠吾 at 13:19| 日記

2016年08月06日

熊本被災地へのボランティア活動を始動!




熊本地震が発生して、まもなく4ヶ月が過ぎようとしている。

実は、熊本地震が発生した当初より、
「被災した人々を励ますため、
東日本震災復興支援映画『リトルウイング3月の子供たち』
を熊本の地で無料公開し、炊き出しを行う」
という企画を練ってきた。

この度、
郷里の宮若市に住む兄・禮一郎の協力を得たことで、
10月下旬に向けて、ボランティア活動をする見通しが、
ようやく立ってきた。

映画に出演した菜葉菜・菅田俊・関根大学・寺島進、
そして、企画協力の大葉健二、浅野プロデューサー、
等々の面々に交渉を進めており、
誠真会館からは、
小生と映画製作に参加した坂谷彦山九州本部長、
これらのメンバーで被災地に出向き、
映画を無料公開して、空手演武会や交流会を行い、
時期がずれてしまったが、要望があれば炊き出しもやる予定だ。

当然、
会場費・上映費、さらには俳優たちの航空費や宿泊費、
等々と、多額な費用が必要とされるが・・・、
兄の禮一郎、友人の方々、九州ライオンズクラブの方々、
皆さんのお力添えで、粛々と進んでいる。
心から、皆さんに感謝申し上げる次第である!

ついては、
映画「リトルウイング3月の子供たち」のDVDが販売中、
であるため、
このブログをご覧の皆さんで興味のある方々に、
是非とも購入して頂き、ボランティア活動費に補てんしたい、
と思っている。

DVDの販売価格は4000円。
しかし、DVDメーカーへの支払いがあるため利幅は少ない。
そこで、熊本被災地への義援金として、
ワンコインなり、あるいは1000円なり、
ほんの気持ちを増額して支払って頂くことも可能としたい。
そうして貰えれば、大変有り難く、感謝極まりない!

最近、熊本の震災後の報道が少なくなってきたが、
現地の人々はいまだに大変な生活を強いられておられ、
ボランティアのあり方も少しずつ変化してきている。

そんな中、この映画を無料公開し、
俳優たちが被災した方々と交流する
というのは、非常に意義ある活動だと自負している。

以上、ご理解の上、
このブログをご覧の皆さんのお力をお借りし、
是非とも、被災地でのボランティア活動を支援して頂きたい。
義援金として、DVDの購入を心から願うばかりである!


以下、
映画『リトルウイング3月の子供たち』を、
ご存知のない方もおられると思うので、説明をさせて頂く。

この映画は、東日本大震災が発生した後、
被災した方々を励まそうと誠真会館が主体となり、
俳優やスタッフの方々がボランティアで出演・参加してくれ、
ミニマム予算で、完成した作品である。

物語は、
「大震災で被災した母と子が、福島から東京へ引っ越してきて、
空手道場の人々や商店街の人々に支えられながら成長していく」
という内容である。

復興支援映画として、
福島を皮切りに、東京・大阪・福岡・長崎・神奈川、
そして、
ロサンゼルス日本映画祭招待作品、
山形国際ムービーフェスティバル招待作品、
と、二つの映画祭の地で公開され、
利益はすべて義援金として被災地へ送っている。

映画『リトルウイング3月の子供たち』の
オフィシャルサイトを見て頂けると、詳細が記載されている。

また、以前、このブログに書いた、
2013年07月18日、
タイトル「映画への思い」や、
2013年07月19日、
タイトル「月刊フルコンタクトカラテに映画評が掲載」
等々を見て頂くと、より映画への理解が深まるかと・・・!

何卒、ご協力を!
押忍!







posted by 井上誠吾 at 12:25| 日記

2016年07月30日

障害者殺傷事件、に思う。(長文です)




相模原市の知的障害者施設が襲われ、
19人が死亡、26人が重軽傷を負う、という事件が発生!

容疑者は、
「障害者は生きる価値がない」
との戯言を言っており、
弱い立場の障害者を狙った卑劣な犯行に怒りが収まらない!

小生は、約30数年前、
シナリオ制作の取材で知的障害者の施設を訪ねたことがある。
その施設の職員から、
「施設の実態を映画化してほしい」
との話を持ち掛けられての取材であった。

当時、シナリオを書き始めたばかりで、
声をかけられただけでも嬉しく、創作意欲満々で出かけた。

しかし、その創作意欲は・・・、
知的障害者の現実を目の当たりにして、打ち砕かれた。

この施設には、様々な境遇に置かれている子供たちがいた。
中でも、心を痛めたのは、高校生位の男の子だった。

その子は、重度の知的障害と四肢障害があり、
手すりにつかまって、もどかしそうに手足を動かしながら、
懸命にリハビリに励んでいた。
「あの子はリハビリが辛いけど、一生懸命にやるんです。しかし、両親は、ここに預けたまま、一度も面会に来ていません」
と、職員は悲しげに呟いた。

小生は、施設で暮らす障害を持った子供たちを見廻した。
そして・・・、
当時、すでに二人の子供の父親であったことから、
「もし、自分の二人の子供が、このような障害者だったら?」
と、推しはかったが・・・、
答えなど、見い出せる筈もなく、その余裕すらなかった。

すると、職員から、
「実は、あの子の両親は・・・」
と、一度も面会に来ていない両親の名前を聞かされ、驚いた。
それは、誰もが知っている有名人夫婦の名前であった。

その昔、
名家の子供が障害者として生まれてきたら、
「座敷牢か、蔵の中に入れて、隔離されていた」
という話は聞いたことがある。

ここは昭和版の座敷牢か蔵の中なのか・・・?
いやいや、そんなことはない、とその疑問を打ち消す。
しかし・・・、
有名人夫婦は障害者の子供がいることを、世間には知らせず、
施設にかかる費用だけを送金し続けているらしい。

なぜ、面会に来ないのか・・・?
この子は、見捨てられてしまったのか・・・?
ここは、子供たちの姥捨て山なのか・・・?
小生は、そう思ってしまう己れ自身に自己嫌悪を感じた。

そんな小生に向かって職員が、
「この子たちなりに、何か意味があって生まれてきた筈です。それを見つけ出すことが私の仕事だと思っています」
そして、
「この実態を映画で描き出して欲しいんです」
と、話を結んだ。

小生は、返事もままならず、
生まれて初めての衝撃的な体験に呆然自失となっていた。

施設をあとにして、
見てはいけないものを見てしまった、というか、
見なくてもよいものを見てしまった、というか、
なんとも、表現しがたい重い気分で帰路についていた。

もしかして、有名人夫婦と同様に、
己れの中にも、
臭いものには蓋をする
という傾向があるのであろうか・・・。

書くからには、何回も取材を重ねていく必要がある。
そうなると・・・果たして、あの空気感に適応できるかどうか。
あの現実を見続けていると、自分が壊れていくのでは・・・。
そんな感覚さえ味わっていた。

数日間、悶々とした。

そして、
「自分には、障害者の脚本など書ける力量はありません。
 見識の浅いまま書くのは、障害者の方々に失礼なことです」
と、丁重に辞退した。

今、振り返っても、あれで良かった、と思っている。
とてもではないが、自分ごときに書ける世界ではない。

それゆえに、
あの施設で働いている方々には、
尊敬の念と、とてつもなく深い慈愛と徳を感じた。
そして専門知識をもって、献身的に接する姿には、
ただただ頭が下がる思いであった。

同時に、己れの無力さも、つくづくと思い知らされていた。

あれから、30数年が過ぎて・・・、
今回の事件で、あの頃の記憶が蘇ってきた。

あの容疑者は、
「己れの無力さを知っている」
そして、
「己れが弱くて、夢破れた敗北者であることも知っている」
と、小生は思う。

弱い人間が、
さらに弱い人間を殺傷して、
敗北した自分を認めたくないゆえに、
責任転嫁して、間違った英雄気どりをしてしまった。

裁判官には、判決の際、
「障害者には生きる価値がある!」
そして、
「何らかの意味があって生まれてきた!」
と、彼をたしなめてほしいものだ。

偉人・ヘレンケラーは、子供の頃、
目が見えない、耳が聞こえない、言葉が話せない
という三重苦の生き地獄の中、本能の赴くままに、
獣のように食べ物をむさぼり、野放図に振る舞っていた。

それがサリバン先生と出会い、あらゆる困難を克服し、
やがて、あのように社会に有益な人物となった。

ヘレンケラーは、
地獄の中から、一筋の希望の光を見い出すと、
物事を楽天的にとらえるようになり、
強い好奇心と精神力で次々と壁を乗り越えていった。
そして、
「人間には、人類が有史以前から経験してきた、
印象や感情を理解できる能力があるように私には思われる。
だから、たとえ目と耳を失っても、
この過去からの贈り物を奪うことはできない」
との言葉を残している。

ヘレンケラーは、永遠の魂を実感していた、と言えるだろう。

「人間は、今世だけではなく、永遠の生命・魂を持っている」
と、小生は思っている。
何を隠そう、
これは、偉人・賢人・聖人たちからの受け売りであるが・・・。

簡単な話、
「悪いことしたら、あの世で閻魔さんに舌を抜かれるよ」
と、爺さんや婆さんが言っていたことと同じである。

こんな、ごく簡単な哲学が、
利己主義で拝金主義な今の時代には通じなくなってきている。

あの容疑者が、
障害者・ヘレンケラーの不屈の生き様
人はみな、何か意味があって生まれてきた
ということを理解できていたなら、
今回のような事件を起こすことはなかったのではないだろうか。

仁とは、人への思いやり。
先ず、なすべきことは、困っている人のために動くことである!

もっと語りたいことがあるが・・・この辺で。
最後まで読んで頂き、
感謝の押忍!






posted by 井上誠吾 at 12:30| 日記

2016年07月25日

黙想で集中力を!



昨日、少年部の合宿から帰ってきた!

詳細は、各道場のブログにて、
思わず微笑んでしまうほど子供たちの様子を伝えているので、
そちらをご覧いただくのが、よろしいかと。

小生は別の視点から、
「子供たちの勉強」
について、合宿で話したことを伝えたいと思う。

子供たちの話を聞いていると、
「成績が下がってきた」
「授業中に集中することができない」
「先生の言っていることが分からない」
等々の言葉が気になった。
そこで、子供たちの前で以下のような内容の話をした。



「道場でやっている黙想ほど大切なものはない。
黙想して、気持ちを楽にして、ゆっくりと呼吸をし、
『これからしっかりと稽古をするぞ』
と、稽古に向けて集中していく。
常に、そのような黙想を道場で繰り返していると、良い習慣として身につき、勉強にも活かすことができる。
実は、それを実践して、成績を上げた子が、今この中にいる。
それは、本部道場のK志(小3)だ。
K志は、去年の秋頃、学校の授業が始まる前に、
『これからしっかりと勉強をするぞ』
と、席について、黙想し、集中して授業に臨むようになった。
最初、K志から、学校でもやっている、と聞いた時、
「クラスの友達が何か言って来なければいいが・・・」
と、心配をした。
しかし、K志はそんなことに頓着しない。
道場で空手の先生の話をしっかりと聞くように、
学校で担任の先生の話をしっかりと聞いていったのである。
その結果、成績が上がっていき、
この一学期のテストは、
すべての教科が100点満点
と素晴らしい成果を挙げた!
これは、K志が特別だからではない。
みんなも同じ力を持って生まれてきているのだ。
それを、
『K志だからできたんだ。自分にはできない』
と、自分で、自分の力を見限るのではなく、
『自分にもできる!』
と、自分の中で眠っている力を信じるとが大事なんだ。
そして、
K志のように黙想して集中するという良い習慣を作る!
もしかすると・・・、
授業が始まる前に、そんなことをしていると、
『おまえ、何やってんだ』
と、クラスの友達が笑ったり、茶化したりするかもしれない。
そんな時は、K志が貫き通したように、
『誰がなんと言おうと、自分には黙想が大事なんだ』
と、気にせず、堂々としていることだ。
そうすれば、逆に、一目も二目も置かれる存在になる。
空手で培ってきた集中力を勉強に活かしていく
それが文武両道なんだ。
日本空手連盟の前、まだ西荻窪に一つしか道場がない頃、
青少年育成学塾と大きな看板を掲げていた。
その学びの塾こそが、誠真会館の文武両道の原点なんだ。
空手はもちろん、勉強もできるようになること!
K志のように、授業の前に黙想をやって、成績を上げる!
そんな嬉しい報告が皆から届くことを待っているぞ!」



と、このような内容で檄を飛ばした。
みんな元気よく返事をしていたので、大いに期待している!

少年部の保護者の皆さんは、
合宿で、そのようなひと幕があったことをご理解いただき、
お子さんの背中を押して貰いたい、と願っている!

それにしても、
一般合宿も少年合宿も、
前後は雨模様の日が続いていたが、雨が降ることもなく、
素晴らしい合宿となった。

きっと、日頃の行いが良いからだ!
押忍!

追伸
今回の少年部も一般部も同じバス会社であった。
とても素晴らしい運転手さんたちばかりで、
特に、少年部がサービスエリアでトイレに行く際など、
「横断中」の旗を出して、子供たちを見守ってくれていた。
そのことを運転手さんに、
「ブログに書いていいですか?」
と聞くと、
「ありがとうございます」
と快い返事を頂いた。
バス会社の名前は、「和光観光バス」である!
やさしい運転手さん方に、
心から感謝!






posted by 井上誠吾 at 12:18| 日記