2016年01月09日

報告です!



映画「リトルウイング」の主演女優菜葉菜さん、
の主演映画特集が開催!

場所は横浜の映画館・シネマノヴェチェント。
本日・1月9日(土)〜1月22日(金)
一挙20本が上映されます。

誠真会館が製作した、
「東日本大震災で被災した母と子が福島から上京し、空手道場の人々に支えられながら成長していく」
映画「リトルウイング 3月の子供たち」も上映されます。

詳しくは、劇場ホームページをご覧下さい!

小生も行く予定ですが・・・、
今のところ、予定がびっしりと詰っており、
いつ行けるかは決められない状況にあります。

ブログをご覧の皆さんで都合のつく方は、是非とも観て下さい!

取り急ぎ、報告だけでご容赦を!





posted by 井上誠吾 at 14:04| 日記

2016年01月01日

新年を迎えて!




新年あけまして、おめでとうございます!
本年も良い年でありますようお祈り申し上げます!





それにしても、
年齢を重ねるごとに、
一年の時の流れが、あっと言う間に過ぎていく。

この数年間を振り返るだけで、まざまざと実感される。
還暦(60才)を過ぎ、
父が昇天した年(62才)を過ぎ、
今年は、
あっという間に64才。

どうやら、心理学的な法則があるらしい。
10才ならば、1年が10分の1、に感じて、
50才ならば、1年が50分の1、に感じるらしい。

63才だと、
W10才の子供の6倍以上は時が早く進むW
ということになる。

しかし、脳科学的には異論があるらしい。

新しいことに挑戦したり、
新しい場所に行ったり、
新しい人に会ったり、
等々、
つまり、新鮮な刺激があれば、時の流れが遅く感じるらしい。

ま、いずれにせよ、
脳が、勝手にそう感じているだけのこと。

時間は誰にでも平等にある!

さぁ、この1年、
思いっきり明るく、楽しく、有意義に、
すべてのことを前向きに捉えて挑戦していくぞ!

押忍!





ちなみに今年も、
昨年の元旦に続いて、書斎から初日の出を拝みました。

今年もまた幻想的で、この上なく美しかった!
その美しさは、昨年の元旦のブログに書いているので、
もし、よろしかったら、見て下さい。

誇張して書いたものではなく、本当にあの通りなのです。

ただ、なぜ、あのように荘厳に光り輝くのか?
それは、
WUVのガラスフィルム&薄いブルーのカーテン越しW
に見ているからでした。

残念ながら、窓を開けて直に見ると、半減してしまいます。

ゆえに今年も、
W窓ガラスとカーテン越しW
に荘厳な太陽光に包まれて、合掌しました。

皆さんにも、
Wご来光Wの御利益が届き、良い年でありますよう、
祈念し、感謝の押忍!





posted by 井上誠吾 at 18:09| 日記

2015年12月31日

一年を振り返り、W禍福は糾える縄の如しW・・・ゆえに!




何かと所用に追われ、メールの更新が滞っている。
今年中になんとしても書かねば、とパソコンに向かっている。

早いもので、今年も残すところ、あと数時間となった。

遅ればせながら、
本日、すべての年賀状を書き終えたところ。
何人かの方々は、遅れて届く事、平にご容赦願いたい。
この場を借り、謝罪の押忍!



この1年をふり返ると・・・、
実にW様々な人々との交流Wをさせて頂いた。
あの人の力添え、この人の心遣い、
その厚情をけっして無にしてはならない!

そして、
そのかけがえのない厚情が、
来年へ向けて、更なる飛躍へと繋がっていく、
そう確信している!

もちろん、
良いこともあれば、悪いこともあった。
否・・・、
もしかしたら、
悪いことのほうが多かった、かもしれない。

そのひとつ・・・、
また一人、大切な友人が逝ってしまった。
ここ数年、次々と大切な人々が黄泉の国へと旅立っていく。

つくづく、そんな年になった・・・。
しかし、
俺は、まだ死ねない。
やることをやってから、そっちに行くから、
しっかりと、俺の生き様を見ていてくれ!

そう、合掌して、見送った。

さらに悪い事は続いた。
信じていた人が、目の前から立ち去ったり、
様々な障壁が、目の前に立ち塞がったり、
等々・・・。
今、思い浮かぶだけでも、片手では足りない。

それらのことが起こった日には愕然となった。
そして、1日中、とことんまで落ち込んでしまった。

しかし、そのたびに、
吉田松陰の以下の言葉が小生を励ました。

「死生は、度外に置くべし。
世人がどう是非を論じようと、
迷う必要は無い」

さらに、
吉田松陰の次なる言葉が小生の魂を磨き、蘇生へと導いた。

「自分の価値観で、人を責めない。
一つの失敗で、すべてを否定しない。
長所を見て、短所を見ない。
心を見て、結果を見ない。
そうすれば、人は必ず集まってくる」

吉田松陰の言葉を胸に刻むと、
明るく、
前向きに、
そして、挑戦的に、
己れの魂が奮い立っていく!

ま、このようなことは、今年だけではなく、
毎年、毎年、懲りもせず、繰り返しているのだが・・・。
生きている限り、
W禍福は糾える縄の如しW
そして、
W人生は生涯修行W
である!

ゆえに、
「すべてに感謝し、
すべてを肯定し、
我欲をなくし、善を尽くす!」
と自戒している。

日々精進あるのみ!




ブログをご覧の皆さん。
この一年間、ありがとうございました!

いろいろな方々から、
「ブログ、見ていますよ」
との声を掛けて頂き、嬉しく思っています。

来年もまた、よろしくお願いします!
皆さんに、
心から感謝の押忍!






posted by 井上誠吾 at 21:18| 日記

2015年12月18日

大会が無事に終了!




このところ、
様々な人との打ち合わせが続いており、
ついついブログの更新が遅れてしまっている。

12月6日、
誠真会館主催の大会が無事に終了したが・・・、
大会の模様をまだ書いておらず、反省の極みである。
これ以上、
伸ばすわけにいかない!
遅れ馳せながら、ここに報告をさせて頂く。

あの日、
大変嬉しいことに738名もの参加選手が、
所沢市民体育館に集結した!

毎年、参加選手が増え続けているのは、
協力団体である総極真志優会の新津茂男代表はじめ、
志優会の先生・道場生・保護者の方々のご協力の賜物であり、
さらに、
各団体の師範・先生・関係者の皆さまのご支援であり、
そして、
誠真会館のスタッフ・審判・保護者の方々のお陰であり、
この場を借りて、心から感謝申し上げる次第である!

大会は、メインアリーナを7つのコートに別れて行われた!

参加人数が増えれば増えるほど、
不備な点や様々な問題が出てくるのは必然である。
本部席には、
それらのことで要望や申し入れがあったが、
各団体の師範・先生・参加選手・保護者の方々には、
ご理解ご了承を頂き、感謝の極みである。

次なる大会からは、
指示系統をさらに充実させていき、
選手の皆さんが心地よく試合に臨めるよう配慮したい、
と強く思っている。

大会終了後、
決勝まで勝ち進んだ他団体の一般選手、
同じく、少年部選手と保護者の方々が、
本部席まで来られて、小生と並んで写真を撮り、
「また来年も参加させて頂きます」
との言葉を残して帰られた。

大変嬉しかった!
つまり、他団体から参加してきたというのに、
Wアウェー感Wがなく、
気持ちよく試合に臨めた、ということである。
これは、
当日、スタッフや審判として、
大会進行に汗を流して頂いた皆さんのお陰である!
皆さんに、心から感謝の押忍!

そして、
あの日、会場におられた全ての方々にも、
心から感謝の押忍!





posted by 井上誠吾 at 10:59| 日記

2015年12月09日

九州へ、長崎飛翔試合・故郷の筑豊



このところ何かと所用に追われており、
ブログの更新が後手後手になり、反省をしている。

すでに予告済みの九州の話を書かせて頂き、
追って、後日、日をあらためて、
12月6日の所沢市民体育館で開催された、
選手権大会・交流試合のことを書かせて頂くことにする。



先ずは、
11月29日、誠真会館九州本部主催の飛翔試合が開催!

つくづくと、
W人が成長するように、大会もまた成長するW
そう思う。

四回目を迎え年々参加選手が増え続けている!
これも坂谷彦山先生はじめ、桑岡隆太先生、坂谷久之先生、坂谷朝男先生、各先生方、スタッフ・審判、各団体の師範・先生、そして、参加選手、保護者の方々のお陰であり、
各位に、心から感謝申し上げたい。

試合内容もまた素晴らしかった。
各コートで、熱戦が繰り広げられ、
特に決勝戦は、どの試合も気迫にあふれ、見事であった!

しかし・・・、
決勝戦なのに、残念なことが起こった。
メインコートの後方で、試合が終わった少年部の選手たちが大声を出して、遊びまくっていたのである。

他団体の少年部が走り回っていることから、
一瞬、注意するかどうか、迷った。

しかし、思わず司会者のマイクを手に取り、
「君たちは、何のために空手をやっているんだ。自分の試合が終わったら、あとはどうでも良いのか。
自分を倒した相手や道場の仲間が決勝戦で戦っているんだ。応援しろ。
自分のことばっかり考えないで、人のことも考えられるようになる。それも空手なんだ」
そんな内容で注意をした。

すると、注意された少年部たちは、
決勝戦のコートに集まり、
騒いでいた声を、応援する声へ、と変えてくれたのである!

功を奏して、決勝戦はますます盛り上がっていった!

閉会の挨拶で、その事に触れ、
「悪いと思ったら素直に認め、行動を改める。素晴らしい!」
と、大いに褒め称えた。
他団体の子供を叱ったことから、自戒の念はあったが、
数団体の師範・先生方から、
「素晴らしい大会でした。また参加させていただきます」
との声が聞かれたので、心底から安心した。

慰労パーティーの席上でも、その話題となり、
「あの時、館長が子供たちを叱ったことが良かったです」
との声が聞かれ、再び安堵した。

パーティーは二次会へと流れ、実に楽しい時間を過ごした。
桑岡先生には、いつもご馳走になり、その上、
素晴らしい公演のDVDやCDを頂戴し、感謝の極みである!

翌日は、
かつて東京の道場で共に汗を流したT下医師と会った。
現在は、長崎の大きな病院に勤められている。
忙しい中、時間の都合をして貰い、勤め先の病院でお会いした。
W昔懐かしい事Wから、Wこれから先の事Wから、
コーヒー一杯で、多岐に渡り、いろいろな話で盛り上がった!

長崎で、様々に貴重な時間を過ごさせて頂いた。
九州本部主催の飛翔試合に関係されたすべての皆さん、
そして、T下医師。
皆さんに、心から感謝の押忍、である!

T下医師と別れ、その足で、故郷・福岡の筑豊へと移動した。

なんだか、さらに長くなりそうなので・・・、
故郷・筑豊のことは、追伸にてお礼文として記載させて頂く。



追伸
我が愛する故郷・筑豊の皆さんへ

かつて、映画「リトルウイング」を上映したころから、
帰郷するたびにお世話になっているS原さんご夫妻。
毎回、お会いするのを楽しみにしています。
そして、
宮若市の手打ちうどん「余白」の女将さん。
8ヶ月もの入院を経ての再営業、おめでとうございます!
というより、美味しいうどんをありがとございます!
さらに、
宮若市の炭火焼き肉「げん」のマスター。
宮若市の「きりのや酒店」の社長。
直方市のパブスナック「香港」の皆さん、
皆さんのあたたかい応援に、心から感謝申し上げます!

またライオンズクラブの皆さん、
3月の上映会へ向けて、どうか、よろしくお願いします!

最後に兄夫婦、いつもありがとう、感謝しています!

我が愛する故郷・筑豊の皆さん、
人情味あふれるW川筋気質Wの皆さん方に、
心から感謝申し上げます!







posted by 井上誠吾 at 11:03| 日記

2015年12月04日

祝・結婚 道場生O原さん大爆笑の出発!



先週末、本部道場生のO原さんが結婚!
人生の伴侶は職場の先輩の紹介で知り合ったAみさん。

主賓の挨拶を頼まれ、小生は二番目。

先ず、ひばり整骨院のK院長の挨拶から始まった。
K院長は、つい最近までO原さんの上司でもあり、
彼の独立開業を支えてくれた恩師でもある。

その恩師・K院長の挨拶は最初から参列者の心を鷲掴みにした!
いきなりスクリーンを使って、二人の出会いを面白おかしく、
笑いのネタを交えて語られ、大爆笑の連続!

この盛り上がりの中、次は小生の出番だ。
自分の挨拶でW盛り下がるかも知れないWどうする・・・?

実は、小生も笑いのネタを入れていた。
大爆笑のあと、笑いが取れず、引き潮状態になったら、マズイ!
そんな不安がいっきに押し寄せてくる。

K院長の挨拶は大爆笑の渦の中で見事に終了した!

すべては、「杞憂に終わる」
この言葉は、
大会を前にして、緊張している少年部を励ます時に使っている。
「すべてのことは、杞憂に終わる。
杞憂とは、昔、中国の杞の国の人が、空が落ちてきたらどうしよう、と余計な心配した。
空が落ちてくるか? 落ちてくる筈がないだろう!
だったら、やる前からW余計な心配Wをするな!」

少年部に偉そうに言っている自分が、
主賓の挨拶をやる前からW余計な心配Wをしている。

「杞憂に終わる」
その言葉で己れを戒めてから、マイクの前に立った。
先ずは、
「K院長のあとはやり辛く、盛り下がったらすみません」
そう言ったら、どっと笑いが起こった。
K院長が笑いの空気を作られていたので、ウケが良い!

結果、K院長ほどではないが、
笑うところは、大いに笑っていただき、
聞かせどころは、神妙に聞いていただき、大成功!

以下、主賓の挨拶で陳べたことと重複するが、報告を!

O原さんがAみさんを見た第一印象は、
「近寄り難くて、怖い」
と、聞いていた。
しかし、小生がAみさんを見た第一印象は、
「近寄り易くて、可愛い」
と、これである。

O原さんが誠真会館に入門するきっかけは、
K院長の娘・H菜乃が型の自主稽古をしているのを見て、
「かっこいいな!」
と、憧憬を抱いたことによる。

その後、型の大会で優勝、組手の大会でに優勝を果たした。
そんなO原さん、そして娘・H菜乃の活躍を見て、
今度は、K院長も入門され、空手の輪が広がっている。

ちなみに、あゆみさんは空手の試合を見るのが恐いらしい。
しかし、
恵輔さんが、試合をビデオに撮ってほしい、と頼んだところ、
「何やってんだ、もっと行けッ!」
と、録画したものに声が入っていたらしい。

O原さんは、
「近寄り難くて、怖いけど、そんなところが好き」
とノロケていた。

はいッ、ごちそうさまでした!

末永く、お幸せに!




結婚式のあと、そのまま九州大会へ向かった。
その九州での話は、次回へ!






posted by 井上誠吾 at 11:02| 日記

2015年11月27日

お詫び!



パソコンは実に苦手である。

息子たちに教えられるままに操作し、
なんとか、ブログの更新くらいは出来てはいるが・・・、
ワープロ文章の保存、送信等々は、失敗の連続!

すでに息子たちは独立し、我が家にいないため、
不具合が出ると、パソコンという代物は御し難い存在となる。

最近も、ある大切な友人と話していて、
「パソコンのメールを見ていないでしょ」
とお叱りを受けた。

どうやら、メールを送ったのだが返信が来ない、との事。

そこで、パソコンのメールを開くと、
なんと!
いろいろな方からメールが届いていた。

ほとんどの方が小生のブログをご覧になっている。
あらためて、この場を借りて、
「申し訳ありません。大変失礼を致しました」
と、お詫び申し上げる次第(汗)。

それにしても、参った。
Wメールを見るW
という習慣が欠落しているのである。

昔の通信手段といえば、手紙であった。
それが今では、メール、ツイッター、ライン、スカイプ、
とW秒進分歩Wで進化していく。
なんとか理解しているものの・・・、
それらを使いこなせない自分に忸怩たる思いである。

そもそもがW文章の保存Wに手を焼いている。
<長時間かけて、長文を書いたものの、一発で削除する>
というWお家芸Wは、もうW恍惚の人W状態!

これではいかん。
メールの確認・文章の保存・送信・返信、くらいは、
Wお手の物Wにしようと奮闘中である!

ちなみに、届いていたメールの中に、
かつて小生が殺陣や空手を教えていた演出家・たかせしゅうほう、
の演出作品の知らせがあった。

以下、お時間があれば、是非とも観て頂きたい。

【1】よろず屋ジョニー
11月20日(金)23:00〜23:50(毎週金曜、5話連続)
CSフジテレビTWO
出演 矢野聖人、佐野史郎、
平田敦子、岡田義徳、池田成志、臼田あさ美、山中崇
12月1日(火)27:00〜

【2】池袋映画祭
日時:11月21日(土)19:00〜21:30(18:30開場)
会場:コア・池袋6F 文化ホール
住所:東京都豊島区東池袋1丁目20−10

【3】P-LABO映画祭
日時:11月22日(日)13:30〜
会場:調布市文化会館たづくり 8F 映像シアター
住所:東京都調布市小島町2-33-1


たかせしゅうほう、少しずつ頭角を現して来ました!
どうか、応援のほど、よろしくお願いします!






posted by 井上誠吾 at 10:26| 日記

2015年11月17日

武は戈(ほこ)を止める、日本!




パリで同時多発テロが発生、300人以上の死傷者が出た。

過激派組織Wイスラム国Wが、
「シリアで空爆を続けるフランスへの報復」
との犯行声明を出した。

フランス軍はすぐさま、
Wイスラム国Wが拠点としているラッカを空爆した。

血の報復が止まらない・・・!

日本は、どうするのか?
おぞましい報復の連鎖は世界中に拡散していく恐れがある。

テロの背景には、イラク侵攻から始まり、
大国の軍需産業、軍事介入という横暴、そしてW死の商人W、
という事実から目を背けてはならない!
そして、
中東諸国の宗教観の対立に首を突っ込む事もしてはならない。
けっして、軽々に加担して動くべきではない。

しかし、
もはや対岸の火事ではない。
否、
すでに日本はWイスラム国Wから標的とされており、
そもそも見て見ぬ振りなど出来る立場にない。

ましてや、
日本は、先進国であり、経済大国なのである。
世界のなかの日本として、果たすべき責務がある。

一時期、菅官房長官は、
「有志連合に対して資金援助や後方支援は行わない」
と言っていた。
しかし、安保法制が可決した今、
資金援助は勿論、後方支援も要請されることになるであろう。

かつて、日本は、
中東やイスラム諸国と友好関係にあった。
何一つとして、怨みを買うことがなかった。

それが、あえて敵を作る危険性を孕んでいるのが現状。

まだ遅くはない!
これ以上、紛争やテロを拡大させてはならない!
これ以上、難民やテロの犠牲者を増やしてはならない!

日本は、
「和をもって尊しとなす」
「武は戈(ほこ)を止める」
世界に誇るべく伝統ある素晴らしい国である!

武の国・日本の立ち位置は、
世界最大の人道支援国になるべき平和貢献にある!
ゆめゆめ血を流すことがあってはならない!

かつて、新渡戸稲造は、オーランド諸島の紛争を解決した。
国家間の歴史的な問題が複雑に絡みあう中で、
平和的な解決へと導いたのは、見事な外交手腕である!
その行動には、
「武士道」を著した新渡戸稲造ならではW誠実さWと、
仁・義・礼・忠・孝・勇・信、等々の徳目を背景にした
W人間的な魅力Wがあった。

テロ・紛争が報道されるたびに、新渡戸稲造のことを想う。
そして、
この国から、徳目を持った人材を輩出しなければならない、
と・・・!







posted by 井上誠吾 at 13:10| 日記

2015年11月11日

祝・結婚 明るく爽やかな出発!




先日、加藤和徳東伏見道場責任者が結婚!
お相手は穏やかで清楚な大和撫子のY子さん!

どうやら、加藤責任者は、
Y子さんと食事会で知り合ってからというもの、
数々の試合で優勝した時と同じように、
W快進撃Wで、交際、求婚、へと事を進めたようである。

加藤和徳責任者、
あっぱれ!

以下、主賓の挨拶で陳べたことと重複する内容もあるが・・・。

小生が加藤責任者と出会ったのは、彼がまだ学生時代。
当時から、稽古熱心で、新人ながら様々な大会に出場しては、
優勝・入賞を繰り返していたことは記憶に新しい。

やがて、明治乳業に入社。
仕事にも空手にも、熱心に取り組んでいた、ある日突然!
「会社を辞めますので、誠真会館の道場を開かせて下さい」
と言ってきたので、これには非常に驚いた。

何が悲しくて、大企業を辞めて、棘の道を進むのか・・・?!
正直な話、道場を開くというのは、新事業の開拓にも似ており、
労多くして、けっして安定したものではない。
それを承知の上で、大企業を辞めてまで開きたい、という。

大企業をやめる、という心配。
そして、
誠真会館を広めたい、という心意気。
小生の中で、二つが相まって、実に複雑な思いであった。

ご両親にとっては青天の霹靂、だったと推察している。
お父さんとは空手を通じて、知り合いであったが・・・。
一席を設けて、許しを得なければならない、と思った。
もしかしたら、反対されるんじゃないか、と心配もしたが、
快く承諾して頂き、W安堵と感謝Wの思いが湧きあがった。

実は、披露宴が始まる前のロビーで、
ご両親と話す機会があり、あの当時の話になった。
そして、
ご両親から、何度も感謝の言葉を頂戴した。

あらためて、
息子さんが道場を開設したこと、を喜んで貰っている、
とW安堵と感謝Wの思いが湧きあがってきた。

おめでたい宴の席上には、
参列の方々への思い出の写真とメッセージが置かれていた。

そこには、
加藤責任者の心温まる言葉が綴られていた。
さらに、
空手家としての強い覚悟も!
まさに、文武両道!
そして、仁・義・礼・忠・孝・勇・信、を根本に、
強く優しく潔く、を実践する勇者の言葉があった!

最近、年のせいか涙腺も衰えてきたのであろうか、
宴が進むにつれ、ついつい感極まってきて・・・、
ホロリ、またホロリ。

実に、明るく爽やかで素晴らしい結婚式であった!
お二人の門出を心から慶び、
祝福の押忍!






posted by 井上誠吾 at 11:51| 日記

2015年11月05日

友人の死に、思うこと・・・。



また一人、友人が亡くなった。
小生より一つ年上の64才であった。

互いに20代からの付き合い。
長年、芸能界の裏方として働いて来た彼が、
会社を設立する際には微力ながらも出来る限りの協力をした。

小生の父が亡くなった際など、
忙しい中、わさわざ東京から福岡まで来て、
葬儀に参列してくれるほどの男であった。

あるかどうかも分からない小生の才能を信じて、
監督やプロデューサー等々、いろいろな人を紹介してくれた。

しかし、せっかく紹介したというのに、
小生がW衝突Wして戻ってくるので、
「誠吾ちゃんは、すぐに喧嘩をするからなぁ」
と頭を抱えていた。

友人のプロデューサーが、
「誠吾さんのことはいつも心配してましたよ。
もう少し柔らかくなったら、もっと良くなるのに・・・」
と案じてもいたらしい。
そして、当のプロデューサーもまた、
「あの頃の誠吾さんは頑固者でしたからね」
当時を振り返り、苦笑していた。

若い頃の小生は、
「おまえ、ギラギラしすぎだ。W抜き身の刀Wだぞ」
と先輩から窘められたことは一度や二度ではなかった。

そんなW問題児Wの小生を、
彼は、いつも裏方の立場から心配してくれていたのである。

この年になって、痛切に反省させられる。
なんとまぁ、いまだに未熟のままなのか、と・・・!

突然の死に、彼の奥さんは、
「まだ死んだ気がしないんです。ドアを開けて帰ってくるような気がしてなりません」
と呟いていた。

同じ思いである。
しかし・・・もう、現世で会うことはない。
今さらながらに、己れの不甲斐なさが悔やまれる。

実に、いい奴だったんだなぁ、とつくづくと思う。

願わくば、
Wもう少し柔らかくなり、もっと良くなったW
小生の姿を見せたかった。

否・・・、
まだ遅くない。
生涯に渡って学習だ!

死を迎える、その瞬間まで、修行である!

「天国から、見ていろよ」
と、感謝と哀悼の意を込めて、
合掌!





posted by 井上誠吾 at 12:13| 日記